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「こどもメガネ」で見た夏休み〜銀林みのる『鉄塔武蔵野線』

鉄塔 武蔵野線 (ソフトバンク文庫 キ 1-1)

鉄塔 武蔵野線 (ソフトバンク文庫 キ 1-1)


自分にとって夏の本といえば外せない作品ということで、スゴ本オフで紹介させていただきました
まずはamazonからあらすじを引用。

夏休みも半ばを過ぎたある日のこと。5年生の見晴は近所の鉄塔で番号札を見つける。その名は“武蔵野線75‐1”。新発見に胸を躍らせた見晴は、2歳下のアキラを誘い、武蔵野線を遡る。「オレたちは鉄塔を辿っていけば、絶対に秘密の原子力発電所まで行けるんだ」―小学生の頃、誰もが抱いていた気持ちを見事に描き、未知の世界を探検する子供心のときめきを見事に描き出した“鉄塔小説”。第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作。1997年映画化作品。著者が思いの丈を詰め込み、本当に望んでいた「完全版」に改編。鉄塔 武蔵野線1号から81号まで計500枚以上の写真を掲載し、幼き日の美しい思い出を遡る。

この本の一番の特徴は、膨大な数の写真。小説内に登場する80基以上の鉄塔それぞれについての、全部で500枚を超える鉄塔写真が収録されており、これらの写真なくしては、ここまでの大作にはならなかったといえます。
とにかく、読む読まないは別としても、本好きならば、ちょっと変わった作品として、この本を是非手にとって眺めてみるべきだと思います。
以下、鉄塔武蔵野線が与えた影響、内に秘めた鉄塔愛、『鉄塔武蔵野線』という「こどもメガネ」という3つに分けて、この作品の魅力を紹介します。なお、今回は基本的にネタばれは、ほぼありません。

鉄塔武蔵野線が与えた影響

この小説は、第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞作で、選考委員のひとり荒俣宏の言を借りれば「一作にして<鉄塔文学>というジャンルを創ってしまった」という革新的作品です。*1
鉄塔が「見えていなかった」人たちに鉄塔の魅力を伝えるとともに、もともと鉄塔愛の素質を持った全国の隠れキリシタンを公に認める偉大な光であったといえます。
実際問題「鉄塔」の名のつく書籍は、佐伯 一麦『鉄塔家族』、 椎名誠『鉄塔のひと その他の短篇』*2、写真集がメインの『東京鉄塔』*3、画集の『鉄塔のある風景』など、ほとんどが1995年以後のもの*4で、唯一の例外が江戸川乱歩『鉄塔の怪人』(鉄塔王国の恐怖)という怪人二十面相ものであるのも面白いです。さらに、乱立する鉄塔関係のホームページは、多くが、『鉄塔武蔵野線』から受けた影響について語られており、鉄塔ファンのバイブル的存在になっているようです。

内に秘めた鉄塔愛

作品を魅力的なものとしているポイントとして、主人公の見春が「後ろめたい趣味」として鉄塔をとらえていることがあります。故に、見春は鉄塔への愛を表には出さず、自分一人の中にとどめておくことを、掟のようにして守っていたのでした。自分自身、凄い人だと思われたいが、変わった人とは思われたくないという気持ちは、小学高学年〜中学生の頃は特に強かったように思います。

(永遠の出発点である異形の75-1号鉄塔を眺めながら)
わたしはそれまで仲のよい友達に鉄塔の話をしたことはありませんでした。何故なら、この鉄塔の奇妙さを理解しているのは自分一人だということが間違いなかったからです。
(中略)
仲間たちにとっては、漫画やゲームやキャンディのおまけのカードのことは気になっても、鉄塔のことは気にならず、大人たちにとっても、税金や選挙や株式市場のことは気になっても、鉄塔のことなど気にならないのです。わたしは道行く人々に、「ほら、ここに変な鉄塔があるんだよ」と教えてあげたくてたまりませんでした。しかし、そんな親切をしても誰も有難がらないし、かえってうるさがられて怒鳴られたりする結果になるのは判り切っていました。(P10)

このように、自分の趣味をひた隠しにしてきた見春ですが、鉄塔の結界(4本の脚で囲まれた部分)にメダル(ビールやジュースの王冠を貼り合わせてつくったもの)を埋めながら、1号鉄塔を目指すという計画が、あまりに素晴らしいものだったため、遊び仲間のアキラを誘うことにしました。

わたしはアキラ以外の仲間に、鉄塔や原子力発電所のことを打ち明けるつもりはありませんでした。その訳は、わたしはアキラがとても好きだったからです。他の仲間とはこの新しい楽しみを分かち合いたくなかったし、アキラこそ私に共鳴してくれる資質を持った、協力者として最適な人間なのだと信じていたのです。2つ歳下のアキタは、いつも喜んでわたしと行動を共にし、誰もいない廃墟の探検とか、勝手な諜報活動とか、秘密基地の建設とか、搬送貨物車の追跡とか…。(P55)

そうはいっても、アキラはいわば鉄塔素人なので、鉄塔探索に必要な基礎知識を教え込みながら、興味を持続させるように宥めすかす。また、疲労のために自分も鉄塔探索に集中できなくなっても悟られないようにする。そのあたりのリーダーシップも物語のよみどころのひとつです。

鉄塔武蔵野線』という「こどもメガネ」

これが自分にとって一番重要なポイントです。
3Dメガネをかけると映画が飛び出して見えてくるように、『鉄塔武蔵野線』という「こどもメガネ」をかけると、小学5年生の夏休みに、自分の眼に映っていた世界が見えてきます。『鉄塔武蔵野線』の「こどもメガネ」がなぜ強力なのかについては、大きく二つの要素によるところが大きいと思います。


まず、小難しいテーマが一切ないという部分があります。
先日読んだ『川の名前』は、同じ小学5年生が主人公の作品で、自然環境という大きなテーマに加え、親子関係や、友情、恋愛など多くのサブテーマが取り上げられた素晴らしい作品でした。こういったテーマそれぞれについて、少年たちの成長が描かれるのが描かれるのが、小学生時代の夏休みを舞台にした冒険小説の基本的なスタンスだと思います。しかし、『鉄塔武蔵野線』には、そういったテーマがありません。主人公たちの成長についても、特に明確なものはありません。ひたすらに鉄塔に終始します。
少し考えてみると、子どもたちの成長を描く小説は、むしろ子ども目線が欠けているのではないでしょうか。大人買いとは、単に子どもの気持ちに戻るのではなく、童心に戻った上で、大人の所有欲を満たすために大人の財力を使うことを指します。単に子どもに戻るだけだと、そもそも欲しかった玩具やお菓子は買えません。
それと同じで、少年の成長を主題としたビルドゥングスロマンは、大人が過去を振り返ったときに、あくまで「大人の解釈」として、後付けで構築する物語で、少なくとも小学生時代の子ども目線ではありません。『鉄塔武蔵野線』は、あくまで小学5年生の見春の目線で鉄塔を追った作品と言えます。


薀蓄、雑学がほとんどないことも、『鉄塔武蔵野線』を「子どもメガネ」たらしめている理由のひとつです。
もし自分が、鉄塔が80本以上登場する物語をかけと言われれば、ところどころに「東京都内に鉄塔は○本ある」とか「ガイシの役割」とか蘊蓄を散りばめることでしょう。しかし、前述したよう、見春の目線で描かれた物語なので、正式な専門用語はほとんど出ません。作品に、2度登場する「カテナリー曲線」という専門用語があるのですが、こういう扱いになります。

(分厚くて難しい本が置いてある大きな書店で立ち読みした鉄塔に関する本の中で)
わたしが最も素晴らしい響きとして憶えていた言葉は「カテナリー曲線」で、それが何のことかは解らなくても、その言葉を唱えるだけで、わたしの身体は美しい軌跡をもって林野を跳躍できたのでした。(P121)

確かに、子ども時代には、言葉は、意味よりも響きが先に入ってきたように思います。林野を跳躍できるほどの言葉があったかどうかは覚えていませんが・・・。
また、作品の中で、結界(鉄塔の4本の脚で囲まれた部分)の外側に配置された4つの境界石を、発見したアキラが「ひがしでん」と命名し、二人の中での流行語になったりもします。しかし、写真を見ると、境界石に書かれた文字は「東電」つまり「東京電力」の略称なのですが、そういった大人目線でのツッコミが一切ないところも愛らしいです。

そういった専門用語の代わりに、作品中には、見春がつくった用語が延々と登場します。基本用語としては、男型鉄塔、女型鉄塔がありますが、それ以外にも以下のようなものが登場します。

そのほか、特徴的な鉄塔をピッコロ鉄塔、アキラ鉄塔、怪獣鉄塔などと命名したり、二人の調査隊の名前をどうするかで議論したり、名シーンも数々あるのですが、「名前をつける」ということは、小学生時代の自分をふりかえっても、新しいものを創造する楽しさがあったように思います。

最後に

現在入手できるソフトバンク文庫版は「完全版」ということで、銀林みのるによる解説によって、現在の鉄塔武蔵野線の状況を知ることができたり、完全版刊行に至るまでの裏話を知ることができたり、また付録として「地図」が挟みこまれていたりと、盛りだくさんの内容になっていますが、初期の単行本とはラストが異なります。(変更というよりは、大幅カット)
自分の場合単行本を先に読んで、10年以上経ってから再読したのですが、今回の終わり方ではやや物足りなさを感じました。というのも、蛇足部分としてカットされた単行本でのラストは、自分にとってはかなり印象的だったからです。大体の図書館には入っている作品ですので、文庫版を読んで楽しまれた方は、是非、単行本のラストにも目を通していただければと思います。
なお、映画版は未見です。伊藤敦史の初主演作品ということもあり、非常に面白そうではありますが、近所のツタヤには無いようでした。銀林みのる本人も納得の出来のようなので期待して観たいと思います。


東京鉄塔―ALL ALONG THE ELECTRICTOWER([え]2-11)鉄塔王国の恐怖 江戸川乱歩・少年探偵11 (ポプラ文庫クラシック)鉄塔のひと その他の短篇 (新潮文庫)鉄塔家族 上 (朝日文庫 さ 32-2)鉄塔のある風景鉄塔武蔵野線 [DVD]

*1:荒俣宏以外の選考委員の評価についても以下のHPに記載がありました。絶賛の嵐です。安野光雅さんなんかも選考委員をしていたのですね。http://actcine.com/tetto/nov.html

*2:ジョジョ第四部で、杜王町の鉄塔の上で生活する男の話が出てきますが、その元ネタが椎名誠『鉄塔のひと その他の短篇』だとのことです。

*3:『東京鉄塔』は、サルマルヒデキさんによる鉄塔サイト「毎日送電線」をまとめたものです。http://d.hatena.ne.jp/sarumaruhideki/

*4:なお、1994年の本作とともに、鉄塔評価の道筋をつけたのは、1995〜1996年にかけてのテレビ版新世紀エヴァンゲリオンで、エヴァ自体は過去の特撮映画へのオマージュとしてこれらを扱っていた部分はあるにせよ、鉄塔や電線再評価のきっかけとなったのは確かのようです。