Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

「ブラタモリ前」の硬派な街歩き本~松本泰生『東京の階段』


図書館で、サイクリングマップとか街歩き関連の本を繰り返し借りている。
この種の本は、購入した場合「死蔵」してしまうことが多く、図書館で、背表紙を眺めながら、「これ久しぶりに読んでみよう」と思うような(そして時間がなくて結局読めずに返す、ということを繰り返すような)付き合い方が、自分にとっては正解だ。*1
『東京の階段』も、そのようにしてこれまでも数回借りたが、今回、その面白さを発見するまで、しっかり読めていなかったし、むしろ印象は悪かった。

不満を感じていた部分その1

「東京」と名がつく地理本は、そのほとんどが、23区、もしくは山手線内側の都心部を対象としていることに(調布市民の自分の感じる「東京」とは差があるため)昔から反発を感じていた。『東京の階段』は、都内200近い階段を写真付きで解説する本だが、事例は都心に限られ、まさにその典型だったからだ。

しかし、改めて本文を読み、あとがきも確認すると印象が変わった。どうも著者は、熱が入り過ぎて、一冊にまとめるには範囲を限定する必要があったということらしい。
著者は早稲田大学建築学科の方。巻末に掲載階段に関する以下のデータが掲載されている意味が全くわからず、凝り性の人なのかな、と思ったら、そもそもこの本は博士論文がベースだとのことで納得。

  • 所在地
  • 規模(段)
  • 幅(m)
  • 高低差(m)
  • 長さ(m)
  • 蹴上(cm)
  • 踏み面(cm)
  • 傾斜(°)

不満を感じていた部分その2

しかし、都心部の階段しか扱われていないこと以外の不満は、まさに、このデータベースにある。
つまり、「おいおい、そんなの詳しく載せるんだったら、地図をつけろよ!」という不満…。


最近の街歩き趣味の人に向けた本は、必ず地図がついている。位置がわかるだけでなく、高低差がわかるような陰影図で示したものも多い。その点で考えると、『東京の階段』は、とても実用性が低い。
何故こんなに不親切なつくりなの?と不思議に思ってしまうが、理由は出版年にあるのではないかと思う。

街歩きブームとブラタモリ

この本の出版された2007年当時は、街歩きを趣味とする人はかなりのマイノリティで、今なら明確に「街歩き本」ジャンルに入れたいこの本も、当時はニッチな研究本、という扱いだったのだろう。
ブラタモリの放送が2009年(パイロット版は2008年)に始まっているので、やはり街歩き趣味の広がりは、ブラタモリ以降と言えるのではないか。類書の『新訂版 タモリのTOKYO坂道美学入門』は2004年10月に出版後、新訂版として2011年10月に出し直されており、ブラタモリの舞台は2009~2012年まで(第3シリーズまで)、ずっと都内だったことを考えると、少なくとも都内の街歩きは、このくらいのタイミングでブーム化して、その後、全国的に定着したのかもしれない。

ただ、ここで東京スリバチ学会についても調べたところ、設立は2004年とのことなので、いわゆるアーリーアダプター的な人にとって2000年代前半から盛り上がっていた地形~街歩きブームが、ブラタモリのブームで2010年頃に一気にメジャー化したという流れなのだろう。(渋谷系の流行時期についての感覚が、人によって差があるのと同じ原理)


さて、ブラタモリ後の2017年に出た松本泰生さんの『凹凸を楽しむ東京坂道図鑑』は、上に書いたような不満が解消されている。

  • 陰影図ベースの地図が、広域版と詳細版の2パターンで巻頭に収められており、目次構成も区別に分けられている
  • 『東京の坂道』で取り上げられていなかった世田谷区や大田区など、いわゆる「都心」から離れた地域の事例も含む(ただし、多摩は取扱無し)

さらには、それぞれの坂道事例の説明に、写真、陰影図ベースの地図と合わせて、鳥観図のイラストが載っているのは画期的だ。『東京の階段』で取り上げられている場所で改めて紹介されているところも多いが、周辺の道路や隣接する坂道なども含めて圧倒的に分かりやすい。

ブラタモリ前」の『東京の階段』の魅力

そこで改めて『東京の階段』を振り返ると、この本の短所に見える部分は、実は長所でもあると思えてくる。

  • 写真+説明で見開きもしくは1ページで1事例が紹介されていて、確かに位置が全然わからないが、地図なんて気にせず、ページの60~70%を占める写真がいずれも魅力的。
  • 熱に入り過ぎた説明文は、著者が足で稼いだ情報が多く、ところどころで見られる「都心には、ここしかない」「都心の階段では最も…」の少し「本当なのか?」「個人の感想では?」と思わせるような表現にも、この人が言うならその通りなのだろう、と思わせる迫力に満ちている。(硬派過ぎる)
  • 同様に何の説明もなく何度も用いられる専門用語である「蹴上、踏み面」*2が階段自体の「見え方」だけでなく、身体感覚に大きく影響する重要要素であることを認識できる。また、これも説明なしに用いられる「大谷石」などの材料名も、階段の印象を大きく変えることがわかる。
  • 『東京坂道図鑑』とは異なり、ジャンル分けして紹介する並びは、街歩きをしない前提であれば、比較しやすく読みやすい。(例えば「2章 歩いて楽しい階段」では急階段や極小階段、抜け道階段などがまとまって紹介されている)


一番良かったのは、この本を通じて、「階段」自体の魅力を「発見」出来たことだ。
坂道と比べると、階段は幅が狭い。それゆえ、階段の魅力が「路地」の魅力とセットになっているところが多い。この「狭い」こともそうだが、写真として見た場合、階段は坂道と違って、身体感覚とセットでそのスケールを把握できるため、写真から受け取る情報量は実は多いのではないだろうか。。(『東京坂道図鑑』はメインを写真ではなく鳥観図にしているのもそれが理由と考えられる)
そして何より、本を読むことで、自分が今まで階段を見て来なかったことを知った。(これは『鉄塔武蔵野線』を読むまで、視界に入っている鉄塔を認識していなかったのと似ている)
例えば、この本でも取り上げられているスペイン坂。自分は「坂」の名前に引っ張られて、そこに階段があることは、全く意識していなかった。
これを読んだ今では、「極小階段」ですらも興味関心を向けられる気がする。

行きたい階段

さて、行ってみたい階段はたくさんあるが、一部挙げておくと…。(愛宕神社男坂、女坂をはじめとする神社の参道関連の案件も多いが、それは挙げなかった)

  • p33 高輪・保安寺参道:棕櫚の木が印象的。
  • p52 一葉の路地奥の階段:有名な場所とのこと。
  • p57 解剖坂:名称がすごい(日本医科大学のそばだから)
  • p68 谷中・王林寺わきの井戸付き階段:「屋根付き井戸」は都心でここだけとのこと。
  • p73 東馬込1丁目・新幹線から見える階段:新幹線からという鑑賞方法があるとは!
  • p89 茗荷谷駅そばの急階段:都心で1,2を争う急勾配。危険。
  • p106 石垣の間の抜け道階段(高輪):味わい深い階段ベスト10.
  • p112 三田・小山湯階段:銭湯は解体。再開発のためもうないのかも。
  • p119 小石川の木造住宅地内階段:これも今もあるのだろうか?
  • p151 白山の狭いアプローチ階段:プライベートなアプローチ階段ということで詳細な場所不明
  • p171 目白文化村そばの窪地階段:かなり特殊な地形

なお、章分けしてわざわざ「4章 なくなった階段・変貌した階段」という項目を立てていることからも分かる通り、路地と一体となっている階段景観は、再開発などで失われることが多い。この本も2007年出版で、その後都心の再開発は大きく進んだため、今は見られない階段も少なくないはず。


上に挙げた「行きたい階段」も、松本泰生さん本人によるネット上のDBを調べて見ると、たとえば「小石川の木造住宅地内階段」は2011年の時点で周辺の風景は大きく変わっている。
blog.goo.ne.jp



「白山の狭いアプローチ階段」については、2011年時点で「改修された」という情報のみ記載があるが、別の方のブログを見るとやはり本とは変わっている。

blog.goo.ne.jp


machinooto.exblog.jp



こういうのを見ると、他の人から教えられた階段を見に行くよりも、むしろ自分の生活圏内でお気に入りの階段を見つけて、それを写真に残していく方が先であるような気がしてくる。
とにもかくにも、街歩きの楽しみがまたひとつ増えた一冊でした。

参考(過去日記)

街歩き関連の本はどんなものを読んでいるかと確認してみました。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com
実際にはもっとたくさんあったので、一度まとめてみなくてはいけない…。
『多摩一日の行楽』は、12年前に読んだ本ですが、羽村までは、自転車で頻繁に行くようになった今読み直してみたいです。


*1:著者や本屋さんには申し訳ない気持ちでいっぱいです…

*2:蹴上とは…などで画像検索するとすぐにわかります