Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

『さかなクンの一魚一会』×『さかなのこ』

学ラン姿で釣りをするのん


そのビジュアルに一目惚れして待ちに待った映画『さかなのこ』*1
まずは原作で予習を済ませて万全の体勢で迎え撃った。

さかなクンさかなクンの一魚一会』

この原作は本当に良かった。
さかなクンの半生を辿った自伝ということになるが、何より読んだ印象がテレビで見るさかなクンのまま。
ということはつまり、読む前から、書いてあることが予想ができるということ。

  • さかなクンは小さな頃から魚が大好きで、ずっと魚の絵ばかり描いていた
  • そんなさかなクンに両親は「勉強しろ」なんて言わず温かく見守ってくれた
  • 小学校の卒業文集の将来の夢は「水産大学の先生」
  • 中学生の頃に、学校で飼っていたカブトガニの人工ふ化を成功させた

この辺りのエピソードはまさに想像通りの話だが、そうでないところも沢山あった。


まず、さかなクンが最初に夢中になったのは車。
小2のときに初めてタコを知り(この辺の感覚がよくわからない。それまでタコの概念を知らない?笑)、夢中になる。
毎週末、母親に連れられて水族館に通うが、朝から閉館時間までずっとタコの水槽の前にいて、他の水生動物に気が向かなかった!!
その後、ウマヅラハギが好きになり、そこからやっと魚介類全般に興味関心が移る。


ところが、さかなクンは「ずっと魚」の人でもない。小学生時代はギターと剣道を習っていた。
面白いのは中学校での部活決め。「魚系の部活がいいな」と思っていたさかなクンは、その名前から「水槽」楽部に入ることを決めたのだ。その後、中学ではトロンボーン、高校ではバスクラリネット。そして今でも楽器は続けていて、氷結のCMでスカパラと共演したのを見たことがある人も多いだろう。
このときのバスクラリネットのエピソードが異常だ。高校生になったさかなクンは、楽器店で吹かせてもらったバスクラリネットが欲しくなり母親にお願いして買ってもらう。なんとその額47万円!
「出世払いで返すから!」という言葉は、実際には高校時代に達成されてしまうのも驚き。さかなクンは、高校生時代にTVチャンピオン5連覇を果たし、その賞金で返したという。なお、一回目の挑戦では決勝で負けてしまったが、視聴者からのリクエストが多く、再び挑戦し、優勝したというエピソードもよくわかる。Youtubeを探すと、高校生時代のさかなクンを見ることができるが、喋り方や表情が今とあまり変わらず、当時から「さかなクン」だ。


全体として面白いのは、数々の魚系失敗。
子ども時代は、同じパターン。

  • 友だちのおじいちゃんに連れられて行った岩場で念願のタコを獲ったものの、持ち帰って飼おうと思っていたタコはその場でおじいちゃんに叩きつけられ内臓を取り出され下処理をされる。
  • 寿司屋の水槽に入っていたウマヅラハギを持ち帰って飼おうと思い「ウマヅラハギちゃんをください」と言って、その場で刺身にされる。

さかなクンの凄いのは、そこですぐに転換して「美味しい!」と思えるところ。また、TVチャンピオンの問題が、「魚の食材あて」が多かったようで、「食べる」特訓も相当積んだよう。


中学以降は、飼おうとして失敗、という話もいくつか出るが、印象に残るのは、学校で飼育したカブトガニの初代カブちゃん。死んでしまったカブちゃんを剥製にするために持ち帰るのだが、においが強烈で周りの人も避けるなか持ち帰って、泣きながら風呂場で処理するシーン。ここの部分は、においが伝わってくるようでさかなクンは文章も上手だなあと感じた。(バスクラリネットの良さを伝えるところもとても良かった)


ここまで魚ひとすじで頑張ってきたさかなクンでも進路に相当苦しむ。

  • 水産大学:数学ができないのでチャレンジすらできない
  • 水族館:水産系の専門学校で、2度実習の機会があったが、バックヤードの仕事などでミスばかり。
  • 寿司屋:おにぎりみたいな寿司になってしまう
  • 熱帯魚:どうやって育てればうまく行くかを考えるのが好きなので適性はある。実際店長にも「バイトじゃなくて正社員を」と言ってもらうところまで来たが、大事に育てた魚はすぐに旅立ってしまうという「ドナドナ状態」が辛く諦める

結局、寿司屋に頼まれた店の壁画が評判を呼び、絵の仕事がメインになり、さらにTVチャンピオン時代を知る人も多かったため、TVの世界に入ることになる。
最初は上手く行かず、自分は喋ることが苦手だからと思っていたさかなクンを覚醒させたのが、あのハコフグの帽子だったというのもいい話。


最後にさかなクンはこんなことを言っている。さかなクンが言うからこそ説得力があり、とても伝わるメッセージだ。

好きなこと、夢中になれるなにかがあると、毎日がワクワクでいっぱいになります。「もっと知りたい。」と探求心がでてきます。そして調べれば調べるほど、「へえ、そうだったんだ!」「おもしろい!」と、感動や夢が広がり、自分の世界もまた、自然と広がっていくのです。(略)
夢中になれるものがあると、それは心の支えにもなります。落ちこんだときにとても大きな力をくれます。

さかなクンによる魚イラストも多く、それだけで楽しい気分になる。
老若男女問わず、色んな人に薦めたくなる本だった。

沖田修一監督『さかなのこ』

実は『一魚一会』を読んだあとで初めて予告編を見た。
お、「カブトガニ」やるんだ!
でも、不良の抗争もやるんだ…(原作にない)


ということで脚色があるのは知っていたが、とにかく原作にない話が目白押しで驚いた。
特に、

  • 小学校時代の同級生で、今は子連れのホステスのモモコ(夏帆)が独り暮らしのミー坊のうちに転がり込む話
  • 歯医者に依頼されて待合室の水槽のコーディネートを依頼される話
  • 幼馴染のヒヨが、テレビ局に勤めて、そのツテで番組出演を果たす話
  • 家では、「あじのほね」茶?を飲んでいるという話

あたりは、原作を読んでいない人は信じてしまいそうだが、そんな話はない。
そして一番、あれ?と思ったのは、映画では、ミー坊*2の父親と兄は高校時代以降は一緒に住んでいないということ。しかも母親(井口遥)は、どうも水商売で働いているっぽい。実際にはどうなんだろうと思ってWikipediaを調べると、父親がプロの囲碁棋士という、全然別のところで驚いたが、そんな事実はないようだ。パンフレットでも特に言及はないが、何でだろう?


そして度肝を抜かれたのは、「ギョギョおじさん」として登場するさかなクン


…なのだけど、その前に、役者の話。今回、ミー坊の小学生時代(当初、のんが演じる案もあったらしいが)を演じた子役の西村瑞季さんの演技+キラキラ感が素晴らしく、のん以外で選ぶなら、この映画のベストアクターではないか。
特にタコを捕まえる話とその後のタコを食べるときの表情が特に印象に残っている。

さなかのことが大好きなミー坊は、同級生からは変人扱いされている「ギョギョおじさん」に、「ぼくのおうちに来ないか?」と誘われる。
(これは行っちゃダメなやつ…)と見ながら思うのだが、井川遥はまたもやミー坊の気持ちを大切にした結果、ミー坊はギョギョおじさんの家に…。

とは言っても、さかなクンは、カマキリ先生のように悪さ*3はしないよね…と思っていると…。
結局、ミー坊もギョギョおじさんも魚の絵を描くことに夢中になって、気がつけば21時。警察に通報され、パトカーに乗っていくさかなクンを、ミー坊は泣いて追いかける。このときにギョギョおじさんからハコフグ帽子をもらったことが最後に繋がるのだけど、パトカーのシーンで小学生時代が終わるので、なかなかの扱い。
原作者が、カメオ出演しているのに、実質的に「変質者扱い」される映画ってなかなかないのでは。

なお、さかなクンの演技はすごかった。のんもギョギョ!とか言ってそれも違和感はないんだけど、さかなクンの安定感、本家本元感は次元が違う。


という感じで、話の内容は全然違うんだけど、最終的に「好きなことをどんどんやっていこう」というメッセージが全面に出た作品になっているのは原作と同じ。さかなクンとのんは、やはり根本が似ているから伝わってくるものも似てくるのかもしれない。


一番好きなエピソード&キャラは籾山。
2校の喧嘩シーンで、すぐ近くに泳いでいるイカを獲りたいと思った皆は、敵高校のリーダー「カミソリもみ―」として知られる籾山(岡山天音)のメッシュ地の下着を漁網として使ってアオリイカを捕獲し、ミー坊がその場で捌いて食べることに。
籾山は「アニサキスが怖い」というが「アオリイカにはアニサキスはいない」とミー坊が説得して食べさせる。
このときの感動が後々、籾山が自ら寿司屋を開くことに繋がる。
モモコの魚好きの娘の話もだが、映画では、ミー坊ひとりの人生ではなく、ミー坊が色々な人の人生に影響を与えていることに話がシフトしている。自伝的小説を映画化する際の方法としては、確かに一番必要な方向性だろうなと感じた。


観た直後の感想は「とても変な映画」だったが、振り返って考えると、割とちゃんと作ってある映画なのかもと思い返した。最初の「豪邸で目覚めるのん」と、「ギョギョおじさんに会ったら親指を隠して帽子を褒めて逃げなくちゃいけない、捕まったら魚人間に改造される」と噂され、最後パトカーで連れられて行くさかなクンの印象が強すぎたが、それに引っ張られ過ぎた。
パンフレットを読むと、監督が皆から好かれている様子も感じられ、原作が大好きな『横道世之介』もちゃんと観なくちゃと思いました。


なお、CHAIの主題歌「夢のはなし」(エンディングでしか流れない)はカッコよくって驚いた。
CHAIは37セカンズの映画主題歌が良かったけど、あの頃に聴いた時は元気過ぎる感じがしたが、それが落ち着いたような。もう少し楽曲を聴いてみたい。

*1:あと、ポニョが好きだから深層心理的にタイトルで惹かれたというのもあるのかもしれない。

*2:映画内では、主人公は「ミー坊」という呼称で統一

*3:2022年9月現在、カマキリ先生糊塗香川照之がホステスへの性加害について告発されて番組やCMを降板している。笑いごとではない。