Yondaful Days!

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安全保障への理解が深まった~グレンコ・アンドリー『NATOの教訓』

陰謀論より現実の敵、中国とロシアを直視せよ! 
NATO北大西洋条約機構)には、世界で他に例のない実績がある。加盟国の本土が70年間、武力攻撃を受けたことがないという点だ。世界史において、複数の国が加盟する同盟の全構成国が70年も平和でいられた、というのは奇跡に近い。
本書は冷戦から現代まで「世界最強の軍事同盟」をめぐる実例を紹介し、日本が学ぶべき国防の努力について考察する。現在、アメリカが率いる自由・民主主義陣営と、中国・ロシアが率いる独裁主義陣営の「新冷戦」が鮮明になりつつある。著者の祖国ウクライナは2014年、掛け替えのない領土クリミアをプーチンによって奪われてしまった。ロシアと同様、中国の習近平もいま尖閣諸島という日本の領土を狙っている。
独裁主義国家による侵略を防ぐには、軍事力の強化と併せて堅固な同盟関係を構築しなければならない。日本を愛するウクライナ人の国際政治学者が記す覚醒のメッセージ。

グレコ・アンドリー氏は、テレビでの橋下徹とのやり取りがニュースになるまで認識がなく、著作のことも知らなかった。*1

www.fnn.jp

そんなきっかけで手に取った本だが、日々テレビで見ているウクライナ情勢と対比しながら、日本をどう考えれば良いかという視点で、とても勉強になった。

目次構成と本書の主張

概要にある通り、この本でのグレコ・アンドリー氏の結論は「独裁主義国家による侵略を防ぐには、軍事力の強化と併せて堅固な同盟関係を構築しなければならない」ということになる。中国、ロシア+北朝鮮と合わせてわざわざ「国内の反日勢力」を挙げて敵扱いし、愛国を自認し、軍事力強化を推奨するその立場は、極右的にも映る。
実際、プロフィールにある「アパ日本再興財団主催第9回「真の近現代史観」懸賞論文学生部門優秀賞(2016年)」というのも気持ち悪いし、動画を検索すると虎ノ門ニュースが一番に上がってくることから、個人的には相当警戒したが、本書の主張は真っ当だと感じながら読んだ。
特に目次構成が良い。

  • 第1章 世界最大の平和維持装置
    • NATOは最も成功した地域平和の実現例である
    • 実例で見る北大西洋条約の特徴
    • バグダーディー殺害はどの条約に基づくか?
    • タラ戦争~「弱者の恫喝」で核大国に勝った
    • 吉田ドクトリン~本当に平和と繁栄の礎だったか
    • 朝鮮戦争のチャンスを活かしたトルコ
    • アデナウアーの英断

第1章では、NATOの役割を解説し、必死に国防の努力をしている国をいくつか紹介している。
第2章では、国際政治においては何かを実行する時、条件が揃わないと何もできないことを解説し、NATOがどのようにソ連を潰したのかを紹介している。また、現在の中国とロシアをはじめとする独裁主義陣営はいかに手強い相手なのか、ということも解説する。
第3章では、東ヨーロッパを中心に、最新のヨーロッパ情勢を簡潔に紹介しながら、独裁主義と自由主義の対立について分析している。
そして、第4章では、ウクライナと日本の地政学的な位置づけを確認しながら、将来あるべき自由・民主主義陣営の同盟のあり方について展望を描く。


この本のメインの主張は、日本の「吉田ドクトリン」の功罪について紹介した1章の部分にある。

吉田ドクトリンとは、安全保障をアメリカに依存することで、軽武装を維持しながら経済の復興、発展を最優先させることによって、国際的地位の回復を目指した戦後日本の外交の基本原則である。アメリカは朝鮮戦争勃発のため、日本に軍事費増加を要求したが、吉田茂首相は日本国憲法第9条を盾に、この要求を拒否した。p65

吉田ドクトリンは、高度経済成長を成し遂げる源泉にはなったが、「弱小国」でなくなった日本には、もはや足枷になっているというのが、この本の主張の核にある。
グレンコ・アンドリー氏は、「日本の安全保障政策の基本は、日米同盟を軸にした親米路線しかあり得ない」(p69)と考え、アメリカの世界戦略に従うべきとする。吉田ドクトリンを継続した日本は(アメリカの世界戦略に従っていないという意味で)「親米」ではない。だからこそ「親米」に向けた努力をすべきと説く。

もし、日本を守るため、日本の国益のためにアメリカを利用するのであれば、決して悪いことではない。しかし、吉田ドクトリンを信奉する人達は「努力をしたくないためにアメリカを利用する」「日本を弱い国のままに保つためにアメリカを利用する」ということを何十年も続けている。究極の本末転倒だ。p69

吉田ドクトリンの支持者は、「いざというときにアメリカは日本を守ってくれる」と言う。それを批判する反米左翼は「話し合えば分かり合える」と言う。さらにそれらを批判する反米保守は「アメリカは絶対に日本を守ってくれないから、対米自立しかない」と言う。しかし、全部間違いなのである。p75

この本で紹介されている多くの事例は、この結論に対して説得力を強化する。
特に、対ロシアで苦労しているモルドバアルメニアアゼルバイジャンナゴルノ・カラバフ紛争)、そしてウクライナの事例を見ると、ロシア(や中国)と接する国としての日本の地政学上の重要度と危険度が理解できる。
また、国際社会が侵略行為や紛争に対してうまく機能しなかったハンガリー動乱プラハの春チェコスロバキア)の事例を見ると、他国の救済が常にあるものとは考えられないことがわかる。例えばソ連ブダペスト侵攻は、スエズ危機と時期が重なったことが理由で、アメリカはハンガリーを見殺しにする結果となった。

ウクライナの現在の状況を見ても、さまざまな条件が重ならないと国際社会の支援を受けるのは難しいし、支援を受けてもロシアが相手ではすぐに戦争が終わらないことがよくわかる。

これらの状況を踏まえて、グレコ・アンドリー氏は、いざというときアメリカが日本を守ってくれるか・くれないかではなく、「アメリカが日本を守る気になるために、何をすればよいか」を語る議論こそ日本の安全保障に役立つとし、次のように述べる。

アメリカが日本を守る気になるには、まずは日本が国防のための努力を行い、少なくともアメリカが諸同盟国に要求する防衛費の対GDP比2%の予算を実現し、アメリカの地政学的な戦略に付き合う必要がある。反米左翼と反米保守は「対米従属」と言うであろうが、これは従属ではない。日本の国家安全保障を確立するために必要な外交政策であり、何よりも日本の国益に適うのだ。p77

防衛費のGDP比2%の議論は、素直には肯定し辛いところもあるが、ちょうどニュースでも取り上げられていることもあり、議論の状況は把握しておくようにしたい。

グレンコ・アンドリーVS虎ノ門ニュース

本書のトランプ評、バイデン評は納得できる内容で、どちらに対しても是々非々で評価しながら、日本の保守層に釘を刺す流れが興味深い。
トランプの主張した「不正選挙」のデマに関しては次のように述べる。

客観的な数字ではないが、筆者の観察では、いわゆる「ネット保守層」の約7、8割が何らかの形で「不正」の話を信じていた。日本の保守層はこれほどデマを信じやすいのか、と考えると恐ろしかった。
しかも、この7、8割の中で約3割は先述した陰謀説を含め、さまざまな陰謀論や妄想を信じ込んでいる。彼らにどのようなファクトを提示しても、現実と関係のない歪んだ解釈を加え、自分達の世界観に当てはめるのだ。これはもはや並行世界、パラレルワールドに生きているとしか言いようがない。p182

また、バイデン評についても次のように述べる。

日本の保守層の中には「バイデンは中国に甘い」という固定観念が浸透している。だが、それは間違いだ。「トランプほど厳しくない」というだけで、決して甘くはない。(略)
日本において、とくに安倍前首相の支持者の一部が「バイデンは親中だ」と言っているのはおかしい。少なくとも、安倍前首相や菅首相より、バイデンはよほど中国に厳しい。バイデンを「親中」だという基準に照らすなら、安倍は「超媚中」だということになるだろう。p308

どちらも虎ノ門ニュースの人たち*2に当てはまるのかと思うが、グレンコ・アンドリー氏が番組にたびたび出演しているところを見ると、敵(左翼)の敵は味方という理屈なのだろうか。

「自由、民主主義等の基本的な価値を共有」 する国による軍事同盟

出身国であるウクライナのクリミア侵攻(2014)のこともあってか、中国、ロシアに対する危機感が強く出ている本だが、今年2月のロシアによるウクライナ侵攻以前に読んでいれば、その危機感を共有できていなかったと思う。

北方領土や香港の問題を見ても、両国は、いわゆる「自由、民主主義等の基本的な価値を共有」できない国であり、対処の仕方をよく考える必要がある。その際、価値観を共有しない国を含む国連は何の役にも立たず、NATOのような枠組みが非常に有効であることがよくわかった。

第4章では、「環太平洋の軍事同盟がNATOと並ぶ協力な安全保障体制を構築する」図式を描いている。ここでいう「環太平洋の軍事同盟」はアメリカ復帰後のTPPをベースとして、民主主義でないベトナムシンガポールを除いた国を想定している。

以上のような構想が実現すれば、自由・民主主義国の巨大な軍事同盟の両端に、地理的に日本とウクライナが位置することになる。日本とウクライナはそれぞれ、自由世界の「フロンティア」である。つまり両国は、自由・民主主義の文明世界と、独裁主義の日文明世界の境目にあるということだ。独裁陣営に最も近い自由・民主主義の国の存在は、極めて重要である。「最前線」の防衛が堅固でないと、自由・民主主義陣営の全体に影響を及ぼすことになる。p322

この全体の図式を考えると、日本を守るために「アメリカの世界戦略」に乗ることが重要で、そのためには「軍事費増強」が必要と言う主張が説得力を持つ。
なお、この日本とウクライナが重要な役割を持つという図式の中で、2021年時点で、ゼレンスキーの率いるウクライナに絶望しているというのも興味深い。
「2014-2019年のポロシェンコ政権はかなり有能」だが、「ゼレンスキーは完全に無能」「無能なゼレンスキー大統領になにかを期待するのは無駄である」と手厳しく、コメディアンを大統領に選んだウクライナ国民を「ポピュリストの甘言に騙された」とする。*3


本の中では、自由・民主主義陣営と独裁主義陣営による新冷戦がこれから何十年も続くと繰り返し書かれている。ロシアによるウクライナの軍事侵攻ひとつとっても、すぐに終わる見込みがないわけだが、それ以外の周辺国へのロシアの動きも気になるし、中国の動きも注視する必要がある。
日本の国防を考える中では、ロシア、中国(+北朝鮮)についてもっと正確な知識を得ていく必要があると改めて感じた一冊だった。

*1:当然、在日ウクライナ人として、もう一人、ナザレンコ・アンドリーという人がいることも初めて知った。

*2:藤井厳喜百田尚樹などは番組内でも不正選挙を主張していたようですが…。百田尚樹については、色々と記事もあり、百田尚樹は「大統領選挙の不正うやむやで日本の左翼政党は「よっしゃー!」となる」と妄想|LITERA/リテラ陰謀論に弱すぎるネトウヨ・右派論壇の末路(石戸諭) - 個人 - Yahoo!ニュース 等

*3:なお、本書の中ではポピュリズムを「難しい問題に『簡単な解決策がある』と大衆に訴えて支持を獲得する政治手法のこと」と説明する。とても分かりやすい。