Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

自転車の夢、遠のく(笑)~栗村修『今日から始めるスポーツ自転車生活』×高千穂遙『ヒルクライマー宣言』

(前回までのあらすじ)
高千穂遙ヒルクライマー』は、小説ながらも、素人が自転車にのめり込む様子が描かれており、舞台が生活圏に近いことや、普段ランニングをしていて目につく自転車乗りの人たちの生態がよくわかる内容だった。 
 高千穂さんがロードバイクを始めた50歳という年齢は、今の自分にも近く、これまで「そっちに行っちゃだめだ」という心の声で抑えられてきた「自分も始められるのでは?」が抑えきれなくなり、まずは本を読んで勉強してみよう、ということになった。

2冊のガイド本を読んでみて

高千穂遙ヒルクライマー宣言』は、とにかく本音ベースで、個人的意見が書き連ねられているので、(多分)偏りがある。したがって、ひたすら読みやすいのは良いところだが、本音過ぎてとまどうこともあった。
それに対して、栗村修さんの本は、立場的に色々なものを背負っている*1だけあって(笑)、本音ベースは抑えられ、どのような形で自転車を始めるときにも参考になるような本となっている。
したがって、内容を比較しながら上手く補い合って読むことができ、2冊並行して読んだのは正解だった。


ヒルクライマー宣言』の1章~2章は、まさに小説『ヒルクライム』の冒頭のように、栂池のヒルクライムをきっかけに高千穂さんが「坂に目覚め」、自身がヒルクライムレースに参加する体験談が書いてあるが、練習時の落車事故の話が書いてあったのが、特に勉強になった。
落車したのは多摩川サイクリングロード(多摩サイ)で、自分にとってもランニングで頻繁に利用するところだ。
自分がランナーということもあるが、あそこは幅が狭いのにランナー、歩行者と、ママチャリ、ロードバイクが並走しており、何か事故が起きることは十分考えられると思いながら通ってはいた。
高千穂さんは、骨折は無かったとはいえ、全身打撲でヘルメットが割れ、そのあと、怪我の後遺症が残ったというから大事故だ。
こういう話は身が引き締まる。


それ以降は、3章が自転車、4章がパーツとウェアの選び方、5章が実際に走り始めるまでの話が載っていて、とても初心者向けだ。
しかし、この本は、基本的には「ヒルクライムをやらせたい本」で、例えば自転車選びにおいて読者に選択肢はあまりない(笑)

例えば、『ヒルクライマー宣言』3章では、

  • クロスバイクは後悔するから、ロードバイクを買え(ロードバイクは全くの別物で格が違う)
  • 予算の範囲内で、可能な限り高い自転車を買え
  • もっと言えば軽い自転車にしろ。目安はフル装備で7㎏だ。
  • そうすると、オススメは完成車で25万円が最下限だ。これにペダル・ウェアその他もろもろで、あと5~10万円かかる

という話が載っている。具体的なのは良いが、選択肢がなくハードルが高い(笑)


これに対して栗村修さんの本では、まず自転車の種類を説明した上で、それぞれの長短(というか主に長所)について書かれており、読者は選択が可能だ。
扱われているのは、マウンテンバイク、ロードバイクグラベルロード、クロスバイク、小径車(折り畳み自転車盗)およびE-バイクで、比較的新しいということもあり、グラベルロードがやや推されているようにも読める。(価格はロードバイクで10~100万、グラベルロードで10~30万としてある)
グラベルロードは未舗装道路も走れる万能型のロードバイクで、タイヤが太い。ロードバイクは段差が苦手ということも知り、より安全に乗れそうで、変な道を行くのが好きな自分には合っているように感じる。


ただ(栗村さんの本は、あまり短所が書かれていないので)、ネットで調べてみると、グラベルロードは「重量」でのデメリットがあり、例えばヒルクライムレースに出るならロードバイクを選択するのが普通らしいということもわかった。
なお、レースについて言えば、ヒルクライムレースは、坂道を走るため速度が遅く、ロードレースで見られる集団落車のようなことは起きない安全なスポーツだという。言われるまで気がつかなかった。高千穂さんもその点でヒルクライムを勧めているし、栗村さんも同様だ。


さて、『ヒルクライマー宣言』の7章では、自転車の改造について書かれているが、「パーツの軽量化をしだすと金銭感覚が狂うほど自転車に投資することになる」と書かれているように、怖い話が具体的に書かれている。
こういうところが栗村さんの本には無いので、とても勉強になる。


そして、栗村さんの本に絶対に書かれておくべき内容で何故か書かれていない最重要事項について、高千穂さんの本では触れられている。

さあ、ショップに行こう。
しかし。
その前にやっておくことがある。
部屋の片づけだ。
最初から片づいている人はいい。でも、室内が派手に散らかっている人、持ち物がやけに多い人は、自転車を買う前にそれをなんとかしておかなくてはいけない。
ロードバイクは室内保管が基本だからだ。


これには大ショック。(言われてみればその通りなのだが)
自転車購入の夢が、相当遠のいた。
そして、さらにハードルを上げる、当然必要な準備についても触れられている。

まずは家族の理解だ(そこからか!)。

家の中に自転車を置くっていうのは、ふつうの人にはすごく抵抗がある。場所はとるし、オイルやグリスの臭いもある。おまけに、何よりも邪魔である。
それを説得して、置き場所を作る。


さらに遠のいた。

ただ、色々と知識を得ることができ、今後、ランニング中に見かける自転車乗りがどうしているか、の注目ポイントが増えた。(駐車をどうしているか、シューズをどうしているか等)
野望は胸に秘めつつ、何よりもまず、部屋を片づけるよう努力しよう。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

*1:一般財団日本自転車普及協会に所属

対話を通じた子どもたちの変化に涙~豪田トモ監督『こどもかいぎ』


映画は「これが観に行きたい!」と決まっている時もあるが稀で、今回も

  • 8/1の午後にiPhoneのバッテリー交換に行く、iPhonを預けている時間に見られる映画があれば…
  • 場所はAppleストアのある有楽町か新宿
  • 映画コムで気になる映画を探して、上映時間を確認してみよう

という感じで、選んだのがドキュメンタリー映画の『こどもかいぎ』と刑務所を舞台としたフランス映画でストーリーが評判の『アプローズアプローズ』。
今回、iPhoneの段取りがよくわからなかったので映画の予約はせずにApple銀座にくと、すぐに預かってもらえたので、ピタリの時間に始まる『こどもかいぎ』を見ることになった。

「どうして生まれてきたんだろう?」
「ケンカしないようにするにはどうすればいいの?」
「宇宙って誰が作ったの?」
「鼻くそって、きなこ味がするんだよ」

子どもたちから繰り広げられる奇想天外な発想と、まっすぐな言葉に、思わず笑い、時にハッとさせられます。
保育園は多くの子どもたちが初めて社会と出会う場所。 そこで未来の子どもたちは何を考え、無限の可能性をどのように伸ばしていくのでしょうか?
いつも全力で、まっすぐな子どもたちの姿には、「答えの無い世界で、私たちはどう生きていくのか」を考えるためのヒントがあふれています。
さあ、いよいよ小さな賢者たちの、世界一おかしくて、世界一だいじな会議、はじまります!


小学校低学年や未就学児に対する、新しい教育プログラムには、自分はやや懐疑的なところがある。
例えば、テレビで、小学1年生からプログラミングの授業を…という紹介があり、家でもプログラミングに熱中している子どものインタビューを見ると、確かに「すごいなあ」とは思う。
一方で、その教育が「効いている」のは、ほんの一握りで、半数以上はこぼれ落ちているんじゃないの?と思ってしまうのだ。

だから、未就学児が「会議」で、色々なことを決めている、と言われても、そんなわけない。たくさん言葉を喋れるごく一部でどんどん決めているんでしょ。
と、観る前から少し予防線を張っているところがあった。


でも、そうではなかった。

映画の感想

まず、一番初めの印象は、子どもたちが全くカメラを意識しないことに驚いた。
子どもたちのかなり近くで監督がカメラを構えていて、時には自分の方にカメラを向けられていることがわかるはずなのに、全く気にしない。
撮影は1年間とのことだったが、ほぼ毎日、園に顔を出して常時カメラに撮られている状態だったのだろうと思う。ということは、スタッフは監督ほぼ一名だったのかもしれない。
パンフレットは無かったが、この辺の裏話が知りたかった。


さて、映画の中では、5~6人で意見を言い合う「こどもかいぎ」以外に「ピーステーブル」という仕組みがあり、これがとても機能していた。
子どもたちが喧嘩し始めると、先生たちは「ピーステーブル」とよばれる空間に行くことを促し、喧嘩する二人は向かい合わせに座って、自分の言葉で「なぜ手を出したのか」「何が不満なのか」など、相手に思っていることをぶつけ合う。
モヤモヤしていた気持ちを言葉にして出すことで、気持ちが落ち着いてきて、その場で仲直りすることが多い。勿論、片方はスッキリ、片方はモヤモヤが残る、という場合もあるが、お互いの考えていることがわかるので、その後の関係が上手く行きやすいようだ。
つまり、普通なら、喧嘩した相手と物理的距離を取る、となるところが、喧嘩する前と同じように接しながらも、お互いの特徴を分かった上でのコミュニケーションが取れる、というレベルの高い関係性を築きやすいということだと思う。


目的がよくわからないままで、ひたすら意見を言い合う「こどもかいぎ」よりも、「ピーステーブル」の方が「効く」のではないか?と途中段階では思ったが、全体を見ると「こどもかいぎ」は、そういった、子ども同士の関係性の基礎づくりに機能していることが分かった。

公式HPに載っている「こどもかいぎのルール」は以下の通り。

  1. 5~6人の子どもたちで行う
  2. 様々なテーマについて話し合う
  3. 自由になんでも発言してよい
  4. 友達の話していることを聞く
  5. 先生は進行役としてサポート
  6. 答えはなくていい 


思った通り、年長クラス(来年小学1年生)を相手に始めた「こどもかいぎ」だが、最初は上手く行かない。子ども達は、ずっと椅子に座って人の話を聞くことができない。
また、結局1年経っても、いわゆる「会議」にはならない。何かのトピックについて皆で話し合って決める、というタイプの会議ではない。
しかし、「こどもかいぎ」を重ねて慣れてくると、先生だけでなく、お互いの話を聞くことにも慣れてくる。他の子が聞いていないと、注意するようにもなる。
夏前の時点では、話を振られても言葉を発しなかった子が、自分の言葉で満足そうに喋るようになる、というような変化もあった。
ただ、「こどもかいぎ」のルールの最後にも書かれているが、無理に喋ることを目的にしている場ではない。お互いが、何に興味があり、何を大事に思っているか、どんな特徴があるかを知る場として機能している。
「ピーステーブル」は、「こどもかいぎ」の前からある仕組みとのことだが、お互いが効果的に連動していると感じた。また、映画を観る前に思っていたような、一部の頭のいい子だけが満足するプログラムではなくて、参加しているみんなが成長していけるし、その関係性が良くなる取り組みだと改めて感心した。


映画の最後は、卒園式の準備から実際の式の様子までが、かなり長く映される。
1年間の園児たちの成長と、先生たちの試行錯誤を見てきた観客としては、泣かざるを得ない。なお、自分の頃は、卒園式の歌は「思い出のアルバム」だったが、何かもっと情報量の多い歌が歌われていたのが今っぽいなと思った。

大豆生田啓友・豪田トモ『子どもが対話する保育「サークルタイム」のすすめ』

映画館で本も売っていたが、教材買わされるみたいで何となく嫌だな、と思い買わなかった。しかし、帰りの電車で読んでいた本の内容から、この取り組みはオープンダイアローグとよばれるものに似ているのではないか?と思い、新宿紀伊国屋に寄って参考書を購入した。

この本を読むと、「こどもかいぎ」のような取り組みは「サークルタイム」という活動名称があり、イギリス発祥で「子どもの主体性や協調性、話す力や聞く力を育むために用いられるもの」として近年注目されているという。
説明の中では、やはり、対話の中では「オープンダイアローグ」であることの重要性が書かれていた。

(「オープンダイアローグ」であるということは)
それは、開かれた対話。子どもにわからせようという姿勢ではないということ。また、話したくない人は話さなくてもよいことが尊重されること。そして、シンフォニー(調和)ではなく、ポリフォニー(多声性)。つまり、それぞれの異なった声が調和しなくても、交じり合わなくてもそのまま大切にされること。つい、まとめてしまいたくなりますが、そうではないのです。そのまま持ち越すことだって、大切なのです。そして、対話を通して、子どもたちとともに、大人も変わっていくのです。

本の中では4園の取り組みが載せられているが、それぞれ方法が別々で、各園で試行錯誤していることがわかる。
これらの事例との比較から「こどもかいぎ」は、園が新たに取り組む活動として、スタートしやすいようハードルを下げるアレンジをしていると感じた。特に人数が顕著で、どの園も1クラス20~30人程度の大人数でサークルタイムを実施している。(呼称は「ミーティング」や「集まり」等それぞれ違う)
また、「遠足の行先を決める」など目的がしっかりしている、まさに「会議」をやっている事例もあったが、人数が多くなり、しかも「何かを決める」会議は、(大人でもそうであるように)零れ落ちる子どもがいるように思い、「こどもかいぎ」のイメージとは少し変わってくると感じた。

とはいえ、5~6人というメンバーでのサークルタイムの実施は、通常の園の規模からすると、小さすぎるのだろうし、目的のないおしゃべりよりも、目的のある会議の方が、やる気や達成感が生まれやすいのも確か。
こういうことを考えると、映画に出ていた先生たちの苦労がしのばれる。

本の最後に、本の著書である大豆生田啓友さん、豪田トモさん(監督)と、東大名誉教授の汐見稔幸さんの対談があり、結びの汐見さんの言葉がとても印象的だったので、最後に引用する。

「語る」ということだけが大事だというふうに受けとめられてしまうと、ちょっと主旨が違うということは確認しておきたいですよね。
(略)言葉、言葉と思っていると、「この子の言葉がおもしろい」という見方になっていってしまうけど、人間ですから言葉をいうのが苦手とか、性格的にみんなの前でしゃべるのが恥ずかしいというタイプもいる。この人の前だったら安心して私を出せる、そういう状況をつくっていくことが、なによりまず、前提なんだと思うんです。
そのうえで、正しいこと、必要なことが必ずしも簡単に明らかにならない社会の中では、「こうしようよ」「こうしたほうがいいよ」とみんなで決めていって、それを実践していく。そのことを積み重ねながら社会をつくっていくことをしたらいいんじゃないか。つまり自分たちが生きているこの世界は、自分たちががんばってつくっているんだと、そういう社会にしていくことが民主主義だと思うんですよね。それがようやく始まっている。赤ちゃんからみんな対等な人間として、社会の担い手になろうとしている。そのことを実感できるような保育や教育に切り替えていくと、子どもたちは私たちを確実に超えた存在になっていくのではないかなと思いますね。

「坂馬鹿」たちに鼓舞される小説~高千穂遙『ヒルクライマー』

近藤史恵さんの一連の自転車ロードレース小説の関連でAmazonのオススメにこの本が出てきたときは、「同姓同名の人がいるんだな、しかも作家で…」と思ってしまった。
しかし、確認すると「クラッシャージョウ」「ダーティペア」の高千穂遙本人。1951年生まれというから現在70歳、この本が出版された2009年は58歳だ。
本人が「自転車で山に登る面白さに取り憑かれた」ということも知り、むしろそちらに興味津々で読み始めた。

本格自転車山岳レース小説、待望の文庫版を電子化!

「なぜ坂に登るのか?」 
世はまさに空前のロードバイク・ブーム。そして中でもヒルクライムレースは、山国という日本の国土の特異性もあり、多くのファンを惹きつけてやまない。されど……。
自転車で山に登る……容赦のない疲労困憊……いったい何が楽しいのか?なぜ重力の法則に逆らい、何の報酬もない苦行に耐えなければならないのか。しかし、死ぬほど苦しくても、彼らはペダルを漕ぐのを止めない。長い坂を登りつめた果てに何があるというのか? 
ヒルクライムの面白さに取り憑かれた作家が自らの体験を元に、愛すべき“坂バカ”たちのドラマを鮮烈に描き尽くした、日本初の本格ヒルクライムレース小説。本書はスポーツ冒険娯楽小説であると同時に、坂バカたちそれぞれの人生の疲れと痛みが、歓喜に満ちた癒しに変わっていく過程を描いた、魂と肉体の再生の物語でもある。
「なぜ坂に登るのか?」 
それはロード乗りが必ず一度は取りつかれる問いだ。読んでから登るか、登ってから読むか? 答えは挑んだもののみに与えられる。


小説冒頭は、神音大作が40歳のときに、栂池のヒルクライムレースに出会い魅了される様子が描かれる。
あらすじにも書かれた内容だったので、サラリーマンの大作が主人公かと思いきや、メインの主人公は、その5年後、親友の形見として自転車を譲り受けた19歳の松尾礼二。

面白いのは、彼が推薦で大学に入った陸上を辞めて(ということは大学を退学して)フラフラしているところで自転車に出会っていること。
陸上→自転車は『サクリファイス』の白石誓(チカ)と同じだが、チカが、自らが目立つ個人競技でなく、他人に勝たせるロードレースに惹かれたのと、礼二の考え方は正反対。
礼二は個人競技が好きで陸上をしていたのに、大学で駅伝をさせられて嫌になって辞めたのだという。だから自転車競技でもチームで行うロードレースではなく、個人出競うヒルクライムに惹かれる。
5年前にヒルクライムに出会った大作は、この時点で一流の選手となっている。

ということで、軸は、陸上の素質も訓練も十分な礼二が、ロードレースを始めてからぐんぐん実力を上げていく話なのだが、メインはレースよりも練習の様子。そして礼二の成長に周囲(SB班=坂馬鹿班)が奮起して、それぞれのレベルで成長を遂げていくところ。


で、読み始めるまで想像しなかったが、周辺の地名が出てくる出てくる。
京王線沿線も多く登場するし、多摩川も練習コースの起点となる。
週末ランニングをしていると、自転車乗りが絶対にいるコンビニというのがいくつかあるが、その中の一つであるローソンの稲城鶴川街道店は以下でいう「尾根幹」の起点に当たることも分かった。(尾根幹は、ランニングのお気に入りコースである「よこやまの道」と並走するコースで気になる…)

五人が走っているのは都道南多摩尾根幹線、通称、尾根幹だ。鶴川街道が稲城で分かれたところからはじまり、多摩市を経て、町田市の小山までつづく。距離はおよそ13キロ。アップダウンが繰り返される厳しいコースだが、自転車にとっては、比較的走りやすい道路である。
「冬の練習は、ここの往復を中心にする」と決めたのは阿部だった。尾根幹は近隣のロードチームや京王閣に所属する競輪選手の練習場所としても、よく知られている。p248

上記は一例だが、練習コースはバラエティに富み、巻末に略図もあり、それだけで楽しい。
ランニングで奥多摩や宮ケ瀬湖まで行くことはないが、自転車であれば、そのくらいまでは簡単に行けるのだな、ということが改めて分かり、そのことにワクワクした。


また、「趣味で自転車」ではなく、実力を上げたいと思っている人たちの自転車生活の様子もよくわかった。自宅にローラー台を持ち込んで部屋の中でも自転車に乗ったりとか、メンテ含めて自転車一台に100万円くらいかかるとか。
作中では、主人公が当初は無職だったこともあり、お金がかかるという話題は取り上げられており、弱虫ペダルの高校生たちが、費用をどうしているのかも気になるところではある。

物語の最後には、大作がヒルクライムに魅せられた栂池の大会で、2人の主人公である大作と礼二が対決する、という美しい構造で、スッキリ終わって自転車に乗りたくなる。もっと広げていえば、何かに本気で挑戦したくなる、そんな一冊だった。

だめな点

女性の台詞に「~だわ」「~よね」が多用されることに古さを感じながら読んでいた。

しかし、それ以上に、「男は黙って我が道を進んでいるだけで、いつか妻や娘はそれを理解し「男の道」を支えてくれる」という夢物語で無事解決という終わり方には「昭和か!」と思った。
わざわざ、「自転車か家族か」の選択で自転車を取った男によって「捨てられた」娘と妻という視点で物語を組んでいるのに、肩透かしを食らった気分だ。
また、男性視点のキャラクターは、礼二(19歳、無職)と大作(45歳、サラリーマン)を中心に、阿部(27歳、プログラマー)や、下丹田(42歳、美容師)と多彩なのに、女性視点のキャラクターは、大作の娘のあかり(高2)以外はキャバクラ勤務の美奈のみ、というのもバランスが悪い。
しかも、物語のキーとなるあかりは、大作の娘で、礼二の彼女、という役割のみで生きていて、高校生らしさは皆無。登場シーンは礼二とのベッドシーンが多いことも疑問。
これは女性が読むと苦痛を感じるかもしれない…というあたりも含めて、近作であり、時代の空気を反映してよりアップデートされた表現になっているはずの『ペダリングハイ』には期待したい。

ツール・ド・フランス2022後半×近藤史恵『スティグマータ』

news.jsports.co.jp


さて、終わってみると、1週目のポガチャルの優勢は、2週目以降、ユンボ・ヴィスマの総合力によって抑えられ、マイヨ・ジョーヌと山岳賞はヴィンゲゴー、マイヨ・ヴェールはファンアールトが取り、つまり4賞*1のうち3賞をユンボ・ヴィスマが独占し、ポガチャルは、マイヨ・ブランのみとなりました。


潮目を大きく変えたのは第11ステージ。

まさに「チームの力」で、複数人の攻撃でポガチャルを疲れさせ、マイヨ・ジョーヌの交代が起き、自転車ロードレースがどういうものか少し理解が進んだ気がします。(ユンボは15ステージで2人メンバーが減り、UAEと同数になったのですが、結局、ファンアールトが1人で3人分くらいの活躍をしており大きなアドバンテージがありました)


後半は、中継を見ていることも多かったですが、中継を見ると、やはりその美しい(そしてガードレールが無くて怖い)風景や、トラブルや選手同士のやり取りの一挙手一投足にドキドキしました。

それにしても最初から最後までずっと活躍し通しだったファンアールトは本当にすごかった!
以下、JSPORTSのTwitterのリンクでポイントを。


大きなポイントとなった第11ステージのハイライト。


こんなところを進むのは嫌だ、というか日本では到底考えられない映像(第12ステージ)。


この友情が素晴らしい!(第18ステージ)


風景にしびれる(第19ステージ)




スティグマータ』


さて、そんな中で読み進めたシリーズ第4作の『スティグマータ』では、主人公チカ(白石誓)は30歳。

サクリファイス』の3年後が『エデン』、そしてその3年後が『スティグマータ』ということで、登場人物もそれぞれ年を取り、位置づけも変わってきている。

『エデン』のラストでは、チカは、来年はフランス人の期待を一身に背負った若手二コラ・ラフォンと同チームなのかと思わせて、同チームのエースだったミッコと共に別チームに移籍。

それが、『スティグマータ』では、チカは(個人的に待望していた)二コラと同じオランジュフランセの所属となっている。


そして今回、チカの日本(チーム・オッジ)時代の同僚・伊庭和美がついにツール・ド・フランスの舞台に!移籍先がフランスに新しくできた「チーム・ラゾワル」で「堕ちた英雄」ドミトリー・メネンコが所属するチーム。

さらに、ミッコの所属するサポネト・カクトの若い才能ベレンソンが、総合上位の争いをかき回す。ちょうど3年前に二コラがいたポジションということになるだろうか。


そういった意味でシリーズ総決算のツール・ド・フランス
1ステージ1ステージを実際のレースと並行して読んだので、感動もひとしお。とにかくレースの行方がどうなるかが気になって仕方がない読書となった。


さて、本作のミステリ的なポイントは「イストワール」。

この文庫版も解説(作家・川西蘭)が素晴らしい。*2

スティグマータ』では、聖痕とともに「イストワール」がキーワードになっている。ある選手が、プロ選手に必要なもの、として白石に語るのが、イストワールだ。作中でも説明があるように、イストワールはフランス語で歴史、物語を意味する。歴史はつねに単なる出来事の羅列ではなく、出来事を関連づけ編纂して叙述される=語られる。つまりは、物語なのである。

そのあと、そのイストワールによって神格化された実在の選手としてパンターニが紹介されているが、7/8の銃撃事件で亡くなった安倍元首相のイストワールが様々に語られる今だからこそ、このテーマの重要性を感じる。


続編が出たとして、(これまでのシリーズの流れ通り)3年後のチカは、どんな選手として、どの国で活躍しているだろうか。もう現役は退いているのかな。と色々と空想は膨らみますが、ひとまずはシリーズ最新刊まで読み終えて大満足でした。

この本(と、あの漫画)がきっかけで、今回実際のツール・ド・フランスも堪能できて本当に良かったです!
次はグラン・ツールの最後、ブエルタ・ア・エスパーニャ。ログリッチの4連覇がかかっているということで、引き続きユンボ・ヴィスマに注目ですが、ポガチャルも出場予定ということで、ポガチャルを応援したい!

*1:ジャージの色に特徴のある4賞については、例えばこちらのページがわかりやすい。https://cyclelife.jp/prosports/xsEGP

*2:サクリファイス』も『サヴァイヴ』も解説が良かったが『エデン』に解説がなかったのは残念

行きたい!が増える~岡部敬史、山出高士『見つける東京』

岡部敬史・文、山出高士・写真による「目でみることば」シリーズは、手に取りやすいサイズ、写真中心で次々とページをめくりたくなる本だが、この本は、その魅力をさらに倍化した。
構成は、同一キーワードに関する都内2か所の写真を左右見開きに配置し、次の見開き2ページに解説が来る。
例えば、最初のキーワード「伊藤忠太」に対する都内2か所は「築地本願寺」と「東京都慰霊堂」で、解説には、「伊藤忠太建築では妖怪を探そう」と建築物の随所に配された妖怪に注目している。
この種の本では毎回のことだが、またしても23区(というか旧東京市)の情報に場所が集中してしまっていることは少し残念だが、今回は、「掩体壕防空壕」で武蔵野の森公園内の「掩体壕」、「平和祈念像」で三鷹市の仙川平和公園の平和像(長崎の平和祈念像と同じ形)が紹介されている。どちらも何回か行ったことのある場所だが、平和祈念像は、北区の北とぴあにもあるということで、行ってみたくなった。

という風に、単体での魅力も感じながら、片方に行ったことがあると、もう一つも行きたくなる楽しさがある。


面白い組合せとしては


行ってみたくなったのは、家から何とか走行可能圏内を狙うと…

  • 正福寺地蔵堂東村山市):都内の国宝建築物は、迎賓館赤坂離宮とここの2つしかないという。
  • 野毛大塚古墳(世田谷区):ここは行ったことはあるがだいぶ前。古墳関連はがっかりする場所が多いが、周りから見ても上に登っても古墳っぽい楽しい場所だったように思う。併せて紹介されている『東京もっこり散歩』も気になる。

  • 旧日立航空機株式会社変電所(東大和市):「弾痕」というキーワードで機銃掃射や爆弾の破片の痕の残った建物として紹介。東大和南公園内ということで、玉川上水駅のすぐ近く。
  • 聖徳記念絵画館:ついこの前、神宮外苑に行ったときに、「国会議事堂に似てる!」と思った建物が、まさに「似ている建物」として紹介されている。まだ外から見ただけなので、開館当初から展示品が変わらないという、80点の絵画を見てみたい。
  • 聖橋:表紙にもなっている聖橋。中央線(オレンジ)、総武線(黄)、丸の内線(赤)の「三線交差」には、なかなか出会えないという。…と言われると少し待ってみたくもなる。なお、橋の名前の由来は湯島聖堂ニコライ堂を結ぶから、というのは初めて知った。


という風に、行きたいところが増える面白い本。第2弾も是非。というか「武蔵野」強化編が企画・製作されていることを祈っています。

栗村修さんの名解説とともに~近藤史恵『サヴァイヴ』

ツール・ド・フランスジロ・デ・イタリア)については、Amazonプライム経由で見られるデイリーハイライトと関連番組を見ているが、その時に出てくる解説でも特に好きなのは、栗村修さん。
元選手とは思えない軽々しいトークとダジャレが素晴らしい。
どう考えてもダジャレとして失敗していると思う「業務スーパー*1も一生懸命解説していて、その滑りっぷりも見ていて気持ちが良かった。*2
技術論自体の良しあしは判断できないが、わかりやすく、熱のこもった解説がスポーツ観戦の魅力を倍増させる。(これは栗村修さんに限らないが)


そんな栗村さんが解説で(笑いを封印して)真顔で激推ししている『サヴァイヴ』は間違いなく面白いに決まっている。
小説のリアリティの高さについて、次のように栗村さんはいう。

この小説の特徴的な部分、それは、国内で活動する日本人選手たちの心までも、恐ろしいほど適格に捉えているところである。
(略)
また、日本のロードレース界が、近年世界レベルに近付いている現在の状況は、過去にチャレンジを繰り返してきた先人たちの努力の結果であることも、きちんと書かれている。
努力すること、チャレンジすること、そして、何度でも立ち上がれるということ。現在の日本の社会が忘れかけている、人が生きることの本質を、自転車ロードレースというスポーツを通じて表現した作品として私はこの本を読んだ。
(略)
ギリギリの世界で生きる者たちの心は、鋼のように強く、そしてガラスのように脆い。著者の洞察力は、そんな彼らの心を完璧に捉えている。

まさにそうした日本における課題を題材にした短編「ゴールよりももっと遠く」あたりは、自身の海外での選手経験、その後の自転車ロードレース界への献身を考えると、特に重なる部分が多かったのではと思う。
文章としてもとても読みやすい解説で、著書(入門本)もいくつかあるようなので、本も読んでみたい。


『サヴァイヴ』

サクリファイス』『エデン』に続く、シリーズ第三作。
あらすじを引っ張ってこようとしたら、単行本と文庫本であらすじが全く違う。
文庫の方はわかりやすいが、単行本の方が概念的ながらも、うまく本筋を捉えている気がする。

単行本あらすじ

他人の勝利のために犠牲になる喜びも、常に追われる勝者の絶望も、きっと誰にも理解できない。ペダルをまわし続ける、俺たち以外には―。日本・フランス・ポルトガルを走り抜け、瞬間の駆け引きが交錯する。ゴールの先に、スピードの果てに、彼らは何を失い何を得るのか。

文庫版あらすじ

団体戦略が勝敗を決する自転車ロードレースにおいて、協調性ゼロの天才ルーキー石尾。ベテラン赤城は彼の才能に嫉妬しながらも、一度は諦めたヨーロッパ進出の夢を彼に託した。その時、石尾が漕ぎ出した前代未聞の戦略とは──(「プロトンの中の孤独」)。エースの孤独、アシストの犠牲、ドーピングと故障への恐怖。『サクリファイス』シリーズに秘められた感涙必至の全六編。

「感涙必至」かどうかは分からないが、前2作と違って、『サヴァイヴ』は短編集。語り手が短編ごとに異なり、それぞれの主な登場人物と語り手(●)とレース(/のあと)は以下の通り。

  • 「老ビプネンの腹の中」:●白石誓とミッコ・コルホネン/パリ・ルーベ
  • 「スピードの果て」:●伊庭和実/世界選手権(ニース)
  • プロトンの中の孤独」:●赤城直輝と石尾豪、久米/北海道ステージレース
  • レミング」:●赤城直輝と石尾豪、安西/沖縄ツアー
  • 「ゴールよりももっと遠く」:●赤城直輝と石尾豪/九字ヶ岳ワンデーレース
  • 「トウラーダ」:●白石誓とパオロ、アマリア、ルイス/ツール・ド・フランス試走


チカが主人公でないものは、シリーズではやや隅に追いやられたキャラクターにスポットが当たるのが嬉しい。
特に、チカと同年齢で才能あふれるスプリンターの伊庭の内面が見られる「スピードの果て」が面白かった。
作者の近藤史恵はこの短編集を、ミステリー色を薄めた、「ノンフィクション」に近い作品と説明している。

サクリファイス』は言ってみれば、いちばんフィクションとしての意味合いが強いとも言えます。そのため「その前段までのリアリティーと比べるとラストは出来過ぎじゃないか」と違和感を持った読者もいたかもしれないんです。でも私自身は、あれはあれでタイトルの意味を浮かび上がらせるために書きたかったことでもありますし、小説として考えるなら気に入っているんです。
けれど私自身も、もっとロードレースのリアルな舞台を再現したようなもの、ミステリー色を薄めてノンフィクションに近い作品も書いてみたかったので、こうした短編集が書けてよかったです。
【B.J.インタビュー】近藤史恵 ロードレース・シリーズ最新刊『サヴァイヴ』【Book Japan】

確かに、短編であることで、物語のツイストが減るが、ノンフィクションに近いか、というと、それとも違う気がする。むしろ心理描写がさらに深まった上で、短編であることを言い訳に、辻褄合わせを気にせず「投げっぱなし」にしているのが特徴で、これはこれでキレが良い。
さて、近藤史恵さんは、ここで「ノンフィクション」と言う言葉を使っているが、今回、色々とネットを見ていて驚いたのは、ほとんど取材をせずに小説を書いているということ。
『キアズマ』の時のインタビューから抜粋する。

── 描写についてお尋ねします。読んでいると風圧の壁、風が汗を飛ばしていく爽快感、速度など実感が湧くのは取材の結果でしょうか。

近藤  申し訳ないことに、私は体質として取材をしない書き手なんです(笑)。ただ、私もポタリング程度で自転車に乗りまして、しんどい時や気持ちのいい時があるので、そこからプロの走行を推察しています。レースの観戦はしますがテレビで見る方が好きですし(笑)、聞くと書けなくなるので選手に取材もしません。
2013年7月号掲載 著者との60分 『キアズマ』の近藤史恵さん


元選手である栗村さんの視点からもリアリティの高さに太鼓判をもらっているのに、取材なし(ということは、観戦しているファンの目線のまま)というのは本当に驚いた。
収録作で言えば、オートバイの事故を目撃してから伊庭が初めてスピードに対して恐怖感を覚えるようになる「スピードの果て」と言う作品。
確かに自転車レースを見ていると、一歩間違えば大事故につながりかねない中で、どうしてここまでスピードを出せるのか、と不思議に思う。そこは、作品に書かなかったとしても、実際の選手に取材したくなってしまうはずなのに、あえて取材せずに書く、というのは、本当に驚きだ。


ラストの「トウラーダ」はポルトガルでの闘牛を意味する。
ホームステイ先の夫婦に誘われて闘牛を見たチカが、それをきっかけに一週間寝込んでしまう話で、レースの話はあまり出てこない。
闘牛を見て、自身を牛に重ね合わせて見てしまうという発想は、選手への取材を中心に組み立てたら出てこないアイデアなのかもしれないと思う。
作家の想像力の凄さを久々に感じさせられた作品とインタビューだった。


ということで、ツール・ド・フランスの後半に期待しつつ、第4作『スティグマータ』を読み進めよう。


*1:コフィディス所属のギヨーム・マルタンから作ったダジャレ。調べると「実践型哲学者」と呼ばれ、著作も2冊ある選手だ。すごい!https://www.jsports.co.jp/cycle/about/pickup_2022/Guillaume_MARTIN/

*2:サッシャさんと一緒にM1に挑戦するらしい。大丈夫なのだろうか...https://lineblog.me/sascha/archives/8484034.html

ツール・ド・フランス2022前半×近藤史恵『エデン』

AmazonプライムのJSPORTS(お試し期間無料)にも登録し、ジロ・デ・イタリアの振り返りとツール・ド・フランスの追っかけを始めた。 

ジロ・デ・イタリアも約3週間かかるレースなので、休息日にまとめて7~9レースくらいを振り返る番組(休息日TV、1時間くらい)を観て全体を抑え、その後、ツール・ド・フランスは、数日遅れのデイリーハイライトを見ている。
1ステージ(1日分)を15分程度*1で見られるデイリー・ハイライトは、自分にとってちょうどよい長さで、これを見ていくことでやっとレースの見方が少しずつ分かってきた。
最初は、有力選手の名前を覚えることが重要だろうと思って、そこが気になっていたが、それに加えて、チーム名とジャージを覚えないと、そもそも実況が何を喋っているのかがわからない。
それもあり、今はレースを見れば見るほど知識が増え面白さも倍増している状況にある。


現在、ツール・ド・フランスを第9ステージまでを見た段階で、一番面白かったのは第7ステージ。
最後に24%という恐ろしい坂のあるコースで、ジャージが好きなチーム「ボーラ」のケムナが逃げ切りを狙い、そこにアタックをかけた「ユンボ・ヴィスマ」のヴィンゲゴーが、坂でヘトヘトになったケムナを追い越すも、残りわずかで「UAEチーム・エミレーツ」のポガチャルが追い抜くという展開。
番組の実況では、抜かれるケムナを「生まれたての小鹿のよう」と形容していたが、とにかく激坂がすごすぎて、そこまで力を貯めていた選手と、使い切ってしまった選手の差が強烈なレースだった。
ポガチャルは23歳という若さで大会2連覇の注目選手で、顔もカッコいい。第9ステージまででは、ポガチャルが総合1位(マイヨ・ジョーヌ)で、強さを見せつけている。今後もポガチャルを軸にレースを見ることになると思うが、このあと、「チーム」の力がどういう風に総合優勝争いに関わってくるのか楽しみだ。

news.jsports.co.jp



さて、『エデン』は、そんな、ツール・ド・フランスが舞台になっている。

サクリファイス』から3年。
チカ(白石誓)は、日本のチーム・オッジ→スペインのサントス・カンタンを経て、今はフランスのチームであるパート・ピカルディに所属している27歳。
エースのミッコ・コルホネンを支えるアシストとして初のツール・ド・フランス!というその直前に、スポンサーの今季撤退が告げられる波乱の幕開け。

そして、この小説で、自転車ロードレース界の期待の若手として登場するのが二コラ・ラフォン。(ただし24歳というからすでにポガチャルよりも年上だ。ポガチャルが、いかに突出した選手であるかがよくわかる。)

ツール・ド・フランスで長らくフランス人の総合優勝者が出ていないこともあり、フランス人であるニコラへの期待も大きい。ただ、二コラは、スターを気取るタイプでも、ガツガツしているタイプでもなく、チカとも仲良くなる。(なお、ポガチャルはスロベニア人)

あれから三年──。白石誓は唯一の日本人選手として世界最高峰の舞台、ツール・ド・フランスに挑む。しかし、スポンサー獲得をめぐる駆け引きで監督と対立。競合チームの若きエースにまつわる黒い噂には動揺を隠せない。そして、友情が新たな惨劇を招く……。目指すゴールは「楽園」なのか? 前作『サクリファイス』を上回る興奮と感動、熱い想いが疾走する3000kmの人間ドラマ!


この『エデン』は、「黒い噂」と「惨劇」の真相が明かされ、ミステリとしての種明かしが終わったあとで、チカがまたひとつ成長を見せる。
その部分に感動した。
サクリファイス』も似た構造になってはいたが、最後、二コラの引退を撤回させようと説得するチカは覚悟が違う。

ぼくはひとりでここまできたんじゃないんだ。今まで何人の日本人自転車選手が、ツールに出たいと夢見たことだろう。その夢を見て走っただれかに触発されて、またその夢を見る選手がいる。そうやって、夢は受け継がれて、ぼくのところにやってきた。たまたまぼくのところで、花開いただけだ。そして、ぼくの後にも夢は続く。今度はきっとツールでステージ優勝を果たしたいと夢見る選手が出てくる。(略)
何人もの選手が、チームの関係者が、スタッフが、スポンサーが、フランス人の勝利を望んだはずだ。何人もの有望新人に夢を託したはずだ。それでもその夢は叶えられず、別の者に手渡されていき、きみの手に渡ったんだ。(略)総合優勝するかもしれないフランス人を応援する喜びを、みんなに与えた。今、フランス人の夢は、きみの手にある。咲かせようとする努力すらせずに、手放すのは不遜だよ。p304

この考え方は、最近の「日本人代表として」というより「楽しむ」ことを尊重する近年の五輪選手の考え方からすると、少し時代遅れの部分もあるかもしれない。しかし、あれほど勝つことにこだわりが無かったチカが二コラを説得する言葉として出てくると泣けてくる。
このあと、チカは、こういった周囲の期待や、それに応えなくちゃという気持ちを「呪い」とも言い、ツール・ド・フランスの舞台を、そういった「呪い」を背負った過酷な「楽園」と形容している。
プロスポーツの華やかな部分と過酷な部分をミステリというかたちで読ませるこのシリーズは本当に面白い。そして、何より実際のレースで毎日かわりがわり登場するステージ優勝者(時に「復活」のステージ優勝ということで涙を流す選手もいる)を見ながら、彼らにも、多くの「呪い」があるのだろう、と想像させる格好の副読本になっている。


余談だが、レースを見ていると、日本では考えられないレース中の選手と観客の近さに驚きっぱなしだが、今年のツール・ド・フランスでも第5ステージの石畳区間で、観客との衝突の事故(頸椎骨折)が起きてしまった。これは本当に残念なこと。
これは選手と観客の信頼関係の話だが、レース中でも、選手同士の信頼関係で成立している暗黙のルールがいくつかあるようで、そのあたりも勉強しながらレースを楽しみたい。

the-ans.jp

*1:Youtubeで見ることのできるデイリーハイライトは5分ほどだが、これだと結果のみしかわからない。コースと展開を最小限で知るにはどうしても15分程度は必要となる