Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

耳かきの適正頻度はどれくらい?〜杉浦彩子『驚異の小器官 耳の科学』

驚異の小器官 耳の科学 (ブルーバックス)

驚異の小器官 耳の科学 (ブルーバックス)

ブルーバックスと言っても、誰もがその単語からイメージできる「耳」に関する本だから当然、という面はあるのかもしれないが、文章が読みやすく、話の寄り道の仕方が上手く、集中力を切らさず学ぶことのできる本だった。以下章ごとに気になった内容をメモ。


第一章「聴覚ってなんだろう」では素朴な疑問が挙げられる。ここで、「聾は盲目より不幸なこと」というヘレン・ケラーの言葉に対して、作者の杉浦さんは、視覚より聴覚の方が疎外感には関連が深いと思う、と共感を示している。杉浦さんは、視覚と聴覚を比較して情報をどこから得ているかといえば視覚がメインだが、コミュニケーションということを考えると、聴覚の重要性は視覚を上回ると考えているのだ。
ちょうど先日、手話関連団体代表者の佐々木あやみさんが「音声認識や自動読み上げなどのIT技術が進歩することで、手話が不要になるかというと、それはあり得ない」*1とツイートされていたが、杉浦さんの話も併せて考えてみると、コミュニケーションというのは単なる情報伝達ではなく、相手との一体感など(疎外感の裏返しとしての)「共感」を伴うものであるということなんだと思う。
なお、最近、アイドルの方の不幸な事故があって話題に上ったヘリウムガスだが、ヘリウムガス中では空気よりも3倍速い音速となるため、ガスを吸うと高い声になるとのこと。音速が変わると振動数は一定だが共鳴する音の周波数が変わってしまい、音の高さが変わるという。(管楽器の性質)



第二章は耳のつくりの話で、タイトルの「驚異の小器官」を最も感じる章となっている。
X軸、Y軸、Z軸方向の3つのループからなる三半規管、アブミの形をしたアブミ骨、そして、名前の通りカタツムリの形をした蝸牛など、そもそも耳の中にはユニークな形をしたものが沢山あり、人体の「精密機械」としての一面を改めて知る。それ以外にもメモしたくなるトリビア多数。人体って面白い。

  • ヘビが大きく口を開けるために使う2本の顎の骨が中耳に取りこまれて耳小骨が3つになった。(耳小骨が3つあるのは哺乳類だけ。)
  • キヌタ骨、ツチ骨、アブミ骨は人体に200個ある骨の中で最小の骨で、生まれた時から成人とほぼ同じ大きさを持つ。
  • 頭を一定方向に回転させて急に止まると、その後もしばらく回る感じが続くのは、三半規管の中でリンパ液がまだしばらく動いているから。体温と極端な温度差のある水を耳の中に入れると、半規管のリンパ液が対流を起こして動くため、頭を動かしていないにもかかわらず、激しく回っているように感じられる。


第三章「聞こえの不思議」では、脳の機能が「聞こえ」に大きく影響していることが示される。特に、インターネットサイト「イリュージョンフォーラム」でも確認できる連続聴効果が面白い。リンク先から説明を引用すると以下の通りで、音がとぎれとぎれになっている場合よりもとぎれた部分に雑音が入っている方が内容が聞き取りやすいという効果を指す。

人の話し声や音楽など、日常生活で意味のある音は、ある程度滑らかに変化します。つまり、ある瞬間の情報は、その前後の情報から推定可能です。


では、音がとぎれとぎれの(ところどころが無音になっている)場合より、とぎれた部分に雑音が入っている場合の方が滑らかに聞こえて内容が聞き取りやすくなるのはなぜでしょうか?残っている情報は両者とも同じはずです。


実は、無音というのは、その部分に「音がない」という強力な証拠になってしまうのです。せっかく前後の部分から欠落部分が推定できたとしても、「音がない」という強い証拠の前に、その仮説は棄却されてしまいます。一方強い雑音が入ると、本来そこに音があってもマスキングによってかき消されるので、音がもともとあってもなくても、ある意味同じことです。つまり、「音がない」という証拠はなくなります。そうすると、前後の部分から作り出された「仮説」が生きて、そこに本来存在していたと考えられる内容が知覚されるのです。

なお、この章も、言語能力、絶対音感共感覚など気になる話題が多い。


第四章「病気からみた耳」では、中耳炎から始まり、騒音性難聴やスポーツによる聴力障害、耳鳴り、メニエール病突発性難聴など、病気の話とはいえ、身近な話題が多い。
また、難聴の治療法としての人工内耳と内耳再生に少し触れたあと、補聴器について多くのページが割かれている。日本の補聴器販売は、薬事法に基づいた届出が行われている「補聴器」と、届出の無い「集音器」が混同されて売られており、質の悪いものが多いため、海外に比べて普及率が低いとのこと。国産メーカーも限られる、という話があったが、ちょうど先日読んだばかりの佐藤正午『ジャンプ』では、主人公の彼女が「米国製」の補聴器の組み立て工場で働いているという設定だったので、実状に基づいて書かれているのだなと感心した。
また、良性発作性頭位めまい症の治し方がアナログで驚いた。耳石器の耳石が剥がれ落ちて三半規管内に入り込んでしまって起きる「良性のめまい」で、耳石を三半規管から出せば治る。その方法は…

頭の中に三半規管の構造を思い浮かべながら、頭をぐるぐると回して行くと、三半規管から耳石がうまく出ていくことがあり、めまいが止まる。(p163、エプリー法という)

台を傾けながらボールを穴に入れるゲームを思い出してしまったが、高齢者のめまいの原因として最も多いとのことなので、結構有名なのかもしれない。


そして第五章「耳垢と耳掃除の科学」。自分は耳掃除にこだわりがないので、軽く読んだが、耳かきをどの程度の頻度でやるのが正しいかというあたりは気になっていた。
作者の結論は「基本的に何もしないのが正しい」。気になったときに指でほじったり、お風呂上りにタオルで拭いたりすればいいと考えているようで、湿性耳垢の人でどうしても耳垢が詰まりやすい人は、欧米式の耳垢水(耳垢を溶かす点耳薬)による清掃方法を挙げている。
日本固有の文化だという「耳かき」を選ばないのは、耳かきには危険性が伴う、ということが最大の理由だが、耳垢自体のメリットがいくつか挙げられている。すなわち「異物の侵入を妨げる」「細菌の繁殖を抑える」・・・。
その中でも「昆虫の侵入防止」というのが強烈だった。耳鼻咽喉科専門の救急外来では、夏場に1日1件は「昆虫の侵入」を診るとのことで、多いのは、ガ、ゴキブリ、ハエ、クモ。外耳道に昆虫が入ったら明かりを入れるのは逆効果でゴキブリやクモは奥に潜ろうとしてしまうため、耳にオイルを注ぐことが応急策として正しいらしい。普通の食用油でいいとのこと。
ゴキブリの侵入を防ぐために耳かきはしばらくやめておこうかな…。


ということで盛り沢山の内容の本でした。今後も人体に関する本にチャレンジしてみたくなりました。