Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

前澤友作の世界平和の語り方~『僕が宇宙に行った理由』


映画を見るときにネタバレを避けるためレビューは読まないが、映画.comやFilmarksで、どの程度の人が観て、★5つを満点として何点くらいついているのか?というのはどうしても気にしてしまう。
本作『僕が宇宙に行った理由』は、『プペル』のように「信者」的なファンが付いているわけでもない中、両サイトで異常に高い点数が出ており、逆に興味を惹かれて2024年最初に観に行こうと決めた映画だ。


確かに、ZOZOTOWN前澤友作氏が、大枚をはたいて宇宙旅行に行ったことは知っていた。しかし、そもそも自分は、前澤氏のことを、「一億円を配るほど、お金が余っているお金持ち」という程度にしか認識しておらず、この題材で映画が作れる、ということ自体に驚いた。

  • 90分の映画で何を見せてくれるのか?
  • そもそも宇宙に行くのはどの程度大変なことなのか?
  • 前澤氏への印象が大きく変わるような何かが、そこにはあるのか?
  • 「僕が宇宙に行った理由」は何なのか?

鑑賞ポイントはいくらでもあり、民間人の宇宙旅行への参加、ということ自体、すべてが未知なので、「全然面白くなかった」という感想は生まれようがない。「意外に面白かった」という感想になるに違いない!と事前に想定していた。


感想

まず、映画全体から感じた前澤氏の印象だが、誰とでも壁を作らず接するタイプで、多くの人から好かれる人。
両親のインタビュー映像では、その生い立ちが語られ、直近までの簡単な紹介もあった。バンド活動→商業デビュー→CD等の通信販売→洋服の通信販売、という流れで、ZOZOに繋がっている、というのは知らなかった。
ロスコスモス(ロシアのNASA)関係者から非常に高い信頼を受けていることも、ソユーズ船長の語り口から伝わってきた。


さて、ソユーズで宇宙(ISS)に行ったのは2021年12月で2年前だが、映画は2015年7月のソユーズの打ち上げ見学から始まる。(この時点で、前澤氏のISS行きは決定しているのだが、そのタイミングや費用は公開されていないようだ)


初めて知ることばかりだったのは、実際の打ち上げまでのメディカルチェックや訓練。
まず、「誰が宇宙に行くか」という基本部分だが、宇宙に行くのは前澤氏だけでなく、この映画の監督をしている平野陽三(ZOZOTOWN時代からの前澤氏の同僚)も、という事実、つまり、この映画自体、自身が宇宙に行った監督のカメラ映像によるものであることに驚いた。(実際には船長としてロスコスモス宇宙飛行士のミシュルキン氏を加えた3名でソユーズに乗る)
さらに何か起きたときのバックアップクルーとして小木曽詢氏が入り、前澤、平野、小木曽の3名がセットでメディカルチェックや訓練に取り組む。メディカルチェックでは全員再検査となり、平野監督は親知らずを含む5本を抜歯、小木曽氏は副鼻腔炎の手術をすることになり、ここだけでも、宇宙旅行はハードルが高いと実感した。
訓練は座学+トレーニングで、そこまでのハードワークではないように感じたが、ソユーズISSでの機器操作は命に直結する内容なので真剣さが段違いだろう。
なお、訓練は通常は6か月実施するところを3か月という時間制約があったという。無重力訓練(人工的に作り出せる25秒?の短時間の無重力の時間内で、宇宙服の脱着等を行う)などが上手く出来ないままに期限が迫ってきたら怖いなとも思った。


映画の見せ場は何といっても宇宙に行ってからの映像の数々だ。
まずは、打ち上げ前の会見、移動、乗り込み、カウントダウン…
これらを経てひと通りの恐怖を感じてから見る打ち上げの光景(ソユーズの場合、一般客は、打ち上げ地点から2.5㎞離れたところから見るのだという)は、(もちろん成功することが分かって観ているのだが)無事に打ちあがったというそれだけで涙が溢れてくる。


その後ISSに行くまでの、激狭空間での6時間を経てISSとのドッキング。
ISS内での12日間は、ロシアだけでなく他の国の宇宙飛行士もいて、まさにそこには、前澤氏が繰り返すような「国境のないピースフルな空間」が達成できているようにも見え、そこにも素直に感動できる。


そして帰還。
訓練風景では、森の中に不時着した場合を想定してのサバイバル訓練も行っていたが、無事、上空から位置が確認しやすい砂漠に着陸。映像を見ると、発射時の大きさと比べてとても小さいサイズと、高温に耐えた赤茶に焦げた機体に、科学技術の凄さを感じる。


なお、ISS滞在中は生放送での実験やインタビューが目白押しだったが、「前澤さんは宇宙に来て考え方が変わりましたか」と何度も聞かれてうんざりしたという。確かにその通りではあり、前澤氏は、常に何かにチャレンジしていたい性格で、宇宙に行ったのも半ばそれが理由で、何か悟りを得るために宇宙に行ったわけではない。これについては後ほど触れる。


さて、この映画は、挑戦することの大切さと、夢をかなえることの実例(最高レベルの!)を教えてくれるが、前澤氏が伝えたかったことは他にもあり、帰還後のインタビューで語られている。


それは、NO WARということ。
2021年12月のフライトから2か月後に、ロシア軍のウクライナ侵攻が始まっており、映画はそのことにも触れる。その上で、前澤氏が平和について考えるきっかけとなった9.11の現場であるワールドトレードセンター跡地で前澤氏はインタビューに答え、映画は終わる。


90分間という短時間で、3か月の訓練とISSに行って帰って来る疑似体験ができるエンターテインメント、そして戦争について地球を俯瞰して考えられる映画として観た場合、この映画の「コスパ」は非常に高い。日本PTA全国協議会の推薦作品に選ばれるのも納得だ。
挑戦する気持ちを後押ししてくれる内容でもあり、年の最初に観に行く映画としては、大正解だった。

…と思ったのですが...。


前澤氏への苦言

年末に見た『PERFECT DAYS』のプロデューサーである柳井康治氏への違和感と同様、同じ世代の「大人」として、モノ申してしまいたくなる部分がどうしてもある。(前澤氏は1975年生まれで、自分と1歳違い)
それは、世界平和の語り方だ。
まず大前提として、前澤氏が「NO WAR」のメッセージを声高に掲げること、これを「子どもっぽい」と非難したいわけではない。
メッセージ自体は気恥ずかしくはあるが、いい大人がそんなこと言って、むしろ「カッコいい」と思う。
しかし、十分に考えた上での「NO WAR」であってほしい。


彼は、2011年の9.11(アメリカ同時多発テロ事件)をきっかけに世界平和に興味を持ち、いろいろと勉強した、と言う。
その上でのISS上でのインタビューで次のように発言している。(大意)

宇宙から眺めると、地球は本当にシンプル。国境はなく、ただ陸があり海があり、海からの水蒸気が雲になり、それが繰り返されている ・・・(発言①)
世界の偉い人たちがISSに来て、ここから地球を眺めれば、戦争なんかやめようと思うだろう ・・・(発言②)

さらに、映画ラストでのニューヨークでのインタビューでは次のように言う。(大意)

ISSでは大それたことを言っていたけど、
地球に戻って(ウクライナの問題など)色々なことがあって
もっと身近な人を助けよう、という考え方に少し変わった ・・・(発言③)

このように若干修正をしている。確かにこちらの方が地に足の着いた発言ではある。


しかし、これらの発言を見て、果たしてこの人はこれまで平和のことをどれほど真剣に考えてきたのかな、と疑問が湧いた。


まず発言②は、「世界の偉い人」の采配で戦争をするかしないかが決まっているかのような発言だが、無責任ではないだろうか。
どこの国も好戦的な一部(もしくは多数)の国民(「極右」という括られ方をすることが多い)の後押しを受けて戦争が始まる。最後に指揮を振るのは「偉い人」なのかもしれないが、その空気を作るのは国民だろう。そして民主主義国であれば「偉い人」を決める(直接、間接など手法に違いはあれ)のも国民である。政治に自分は関心がなく、すべてを「偉い人」に任せているから、あとは知りません、というような口ぶりは同い年の大人としてどうしても気になる。
また、自身が「宇宙に来ても特に考え方が変わるわけではない」と言ったその口で「偉い人」の考え方が変わる、と話す矛盾に気がつかないのだろうか?とも思う。


そして発言③。
「世界ではなく、身の回りを」という言葉は、実際にウクライナ侵攻が始まってみてから「世界平和ってそんな簡単には行かない」ことを理解して、発言を軌道修正した形だが、戦争が起きている現状から目を背けるようにして「身の回り」に逃げているようにも感じた。
しかし、ウクライナの戦争を見ても、「身近な人を亡くしたその敵討ちのために相手国を憎む」という連鎖が、長く続く戦争の大きな原因のひとつであることに気がつくはず。親や子ども、友人を大切に思う気持ちと、戦争状態は密接につながっている。「身の回り」は、逃げ場にはならない。
日頃から世界平和について考えている、という割には、今戦争状態にある国の人たちが日々何を考えているか想像したことがないのではないだろうか。
映画中の発言やパンフ記載のインタビューからは、こうしたことを考えた形跡が見られないので、どうしても不信感を抱いてしまう。
「NO WAR」を唱えるのは、勉強して絶望して、勉強して絶望して…と繰り返し絶望してからにしてほしいと思う。単なる無知、無関心からの「NO WAR」は小学生と変わらない。


そして発言①。
前澤氏は船長や関係者からもリスペクトを受けていたが、それは人の良さに加えて、目的に向かってシンプルに努力できる人、つまり余計な思考は全てカットできる人だからだと思う。
例えば、「自分が死んだら?大きな病気にかかったら?」という不安や悩みさえ、無駄な思考として完全にカットできる人なのではないか。
極端に実務的に頭が働き、手が動き、労を惜しまず、人的管理に長けた人だからこそ、成功できる。が、関心のない人・物に思考のリソースを割かない。
寄付や支援活動は多いようだが、これも、1億円を配る(今年の年初もあったそうだが)のと同じで、「自分のお金で喜ぶ人がいるのは嬉しい」という「シンプル」な思考からなのかなと思った。


宇宙からの見た目がシンプルであることに美を感じたとしても、それは、富士山が遠くから見れば綺麗であることと同じだと皆わかっている。
また、少し勉強すれば、国際問題だけでなく、地形地質的にも、生物環境としても、いかに複雑で、奇跡的なバランスの上に地球が成り立っていることがわかるはず。
それなのに、遠くから眺めれば青く美しい宝石のように感じる」というときの「それなのに」が重要なのだ。
食レポのコメントと同じで、色々な味のバリエーションや料理方法に対する知識が無ければ、説得力を持って情報を伝えることができない。
「すげー」「ヤバい」を連発していた前澤氏だが、語彙の少なさ以上に、彼は宇宙の壮大さを「伝える」人物としての適性はあまりないのではないかと思ってしまった。
インタビューを見ても、彼が本当に宇宙に関心があるのかすら、よく伝わってこなかった。


(どちらも嫌いな人ではあるが)ホリエモンにしても、ひろゆきにしても、実業家の人は、本を書いている人が多い。
前澤氏もいくらでもオファーがあるだろうが、一冊も出ていないところを見ると、考えること自体を苦手にしている人なのかもしれないし、ひょっとしたら本を全然読まないタイプの人かもしれない。

ただ、これだけ余るほどのお金を持ち、人が喜ぶ顔を見るのは好きな人なのだから、もう少し社会問題や国際動向に目を向け、1億円を、「配る」以外の有効な使い方を示してインパクトを与えてほしい。(これは、同世代の人間として、完全に自戒を込めて書いています。自分には配るお金はないけれど。)


と思ったら、シングルマザーを対象とする婚活・恋活マッチングアプリを監修し、2023年1月にリリースされた直後に炎上し、翌日に配信停止に至るということがあったようだ。

toyokeizai.net


やはり、困っている人に救いの手は差し伸べるけれど、実際に「困っている状況」や「社会で起きている問題」に興味・関心がない、というイメージしていた通りの行動が炎上を招いたようにも思える。


多分、会ったら良い人に違いない、と感じるし、金銭的な影響力は非常に大きいので、あともう少し考えてほしい、と思う。
そして、十分考えた上で「NO WAR」などのシンプルなメッセージが発せられるのを期待したい。

実際、ISS滞在は、前澤氏にとっては前菜で、挑戦のメインディッシュともいえる、スペースXによる月周回飛行が2024年以降で計画されている(2023年中に実施の予定もあったが延期)。前澤氏の言葉が聞ける機会が増えるに違いないので、今後も気にかけていきたい。


あ、ちょうど本人がこんなツイートを…



ISSやロシアの宇宙開発をめぐる話

映画では「ISSは国際平和の象徴」と語られており、実際にこれまでそのように機能していたが、ロシアがISSを撤退する2028年以降には、少なくとも米ロの協調関係はなくなるようだ。二つの記事を貼り付け、ポイントを列記する。

  • 国際宇宙ステーションISS)の運用期間は、当初は2024年までとされていたが30年まで延長。
  • ロシアはISSから2024年には撤退といった後に撤回し、今は2028年に撤退予定。そのタイミングで自前の宇宙ステーションを打ち上げる予定(困難と見られている)。
  • 中国は独自の宇宙ステーション「天宮」を、2021年から数回に分けて打ち上げ、建設中。
  • 2011年のスペースシャトル引退以降、NASAISSに行くのにソユーズを使わざるを得なかったが、2020年以降、スペースXの使用が可能に。


つまり、少なくとも、米中の競争(もしくは中国の独走)が今後焦点となり、ロシアはそれに食らいつけるかどうか、と言ったところのようだ。このあたりは、映画を観たことをきっかけに、関連書籍を読んでみたい。
wired.jp
mainichi.jp