Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ポジティブさに引き込まれる~井戸川射子『この世の喜びよ』

娘たちが幼い頃、よく一緒に過ごした近所のショッピングセンター。その喪服売り場で働く「あなた」は、フードコートの常連の少女と知り合う。言葉にならない感情を呼びさましていく芥川賞受賞作「この世の喜びよ」をはじめとした作品集。

「この世の喜び」とは

これぞ純文学、という感じの何も起こらない系の第168回芥川賞受賞作。

そこで描かれるのが日常の風景だからこそ、自分の人生を振り返りながらも「今」を生きることに対する、主人公のある種ポジティブな感情が、「この世の喜び」というタイトルに表現されている。


この小説は、膨らんだ風船を思い起こさせる。
彼女が思いを馳せるのは、2人の娘の昔と今、そして同僚や職場周りの人物。しかし何より職場近くのフードコートで勉強している少女(女子高生)だ。一度仲良くなった後、少女が姿を見せる回数が減り、もしかしたら距離を置かれているかもしれない状況でも、彼女は少女に伝えたいことでいっぱいだ。それは恋愛に近い。
育児の思い出など人生の振り返りも含め、彼女の内面描写が多いのだが、後半はほとんど、少女にどんな言葉をかけようかを考えている感じだ。両親に不満を持っている少女に対して、子ども時代の親に向けた感情、子育てする立場になってからの子どもへの思い、それらを踏まえて何かアドバイスをしたい、自分の気持ちを伝えたいと考えている。
心に貯めた言葉の数々が風船のように膨れあがったこの状況、そして伝えたい相手がいることこそが、「この世の喜び」なんだろう。

二人称小説であること

二人称小説であることによって、そんな主人公の感情に、読者は引き込まれていく。誰かに何かを伝えようとあれこれ思いを巡らせた過去を振り返り、今の「喜び」についても考えてみる。常にとは言えないが、前向きなときに読めば、彼女のポジティブ思考がインストールされるだろう。

なお、思考も会話も基本的に地の文で書かれて、その中で主人公を示す「あなた」と、彼女が少女に向けた「あなた」が混ざっているので、最初どころか途中も戸惑う場面が多数ある。しかし、そのことで、短いスパンで何度も読み返すことになり、それが味わいを増しているようにも思える。

私がどこかに、通ってきた至るところに、若さを取り落としてきたとあなたは思ってるんだろうけど、違うんだよ、若さは体の中にずっと、降り積もっていってるの、何かが重く重なってくるから、見えなくなって。

→「あなたは思っている」の「あなた」は少女を指す。作中では何度か「若さ」というキーワードが出てくる。後述する江南亜美子さんも同じ部分を引用しているが、作中でも一番好きな部分だ。

少女が、近づく自分を見てうつむいたとしても、それなら出来るだけこれで最後だというように、でも力を込めてそう言う。進む脚に力は均等に入る、スーパーの空洞を循環する暖かな追い風が背を撫でる。あなたに何かを伝えられる喜びよ、あなたの胸を体いっぱいの水が圧する。

これはラストの部分。「あなたに何かを」の部分の「あなた」は少女を指すが、「あなたの胸を」は、主人公を指すのだろう。(この部分はしばらく混乱した。)


井戸川射子の『ここはとても速い川』から『この世の喜びよ』への変化は、作品をまたいだ視点の転換という意味で、今村夏子『こちらあみ子』から『むらさきのスカートの女』(こちらも芥川賞受賞作)への変化に似ている。どちらも、子どもの視点から中年女性の視点に変わるが、『こちらあみ子』『ここはとても速い川』が(子どもの)1人称小説だったのに対して、『この世の喜びよ』『むらさきのスカートの女』はどちらも人称の工夫に特徴がある。(『むらさきのスカートの女』は、むらさきのスカートの女ではない人が語り手となり、彼女を語る)

二人称小説は、これまで数えるほどしか読んでいない*1が、『この世の喜びよ』の二人称の語りは、とても効果的で良かった。こんな風にポジティブになれる小説なら、他にも読んでみたい。


なお、ちょうど昨日の朝日新聞の書評で江南亜美子さんの評が「日常に息づく生の限りなき肯定」というタイトルで載っていた。自分の読後感と重なるところが多かったのは安心だ。それにしても、本文を引用しつつ、評をまとめる巧さは流石だと思う。(以下は締めの部分)

他者との触れ合いがもたらす記憶のリロード。感情のマッサージ。「あなた」は、いま齟齬(そご)を抱える娘たちとの関係をたどり直すことになるのだ。
 「挑むような娘の目を、あなたは一人で見返す。こんな目を向けてもそこにいてくれる人が私にも、若い時にはいただろう、今そんな目をしても受け止めてくれる先はないだろう」
 過去の続きに現在があり、そこであなたも私も誰しも精いっぱい生きているということ。その当たり前の事実のなかに息づく喜びを、小説は決して派手ではないが力強く賛美する。
 「違うんだよ、若さは体の中にずっと、降り積もっていってるの」
 すべての生が肯定される感覚を、普遍に徹して描いた本作。読後は著者の心意気にしばししびれる。
「この世の喜びよ」書評 日常に息づく生の限りなき肯定|好書好日

これぞ純文学!という小説には「何も起こらない系」と「何か起こりそうな不穏な感じ系」があると思う。
『この世の喜びよ』は、主人公の、自己を肯定する気持ちへの迷いの無さが強く、「不穏な感じ」をはねのけた。
彼女のように生きるべく、普段の生活の中での「喜び」にもっと意識的でありたい。

*1:その一冊は竹本健治『カケスはカケスの森』だった。ミステリなので叙述系なのかと言えばそういう記憶はなく、それほど効果的ではなかったように思う。また、重松清『疾走』は読者への問いかけという意味で効果的だった。

淡々と体験談~奥野修司『死者の告白 30人に憑依された女性の記録』


よく聞く「震災の怪談」に興味があった。
それは、残された者がどう心を癒すのか、死者を弔うとはどういうことなのか、という心の問題として、災害とどう向き合うのかについて知りたかったからだ。もちろん、折に触れて災害そのものや被災者の方たちのことを考えたかったということもある。


そこで読んだのがこの本。
この本は、殺人事件で長男を奪われた家族を追ったノンフィクション『心にナイフをしのばせて』を読んで興味を持った奥野修司の著作として知った。今から思えば、同じ奥野修司の作品では、『魂でもいいから、そばにいてー3・11後の霊体験を聞く』の方が、自分が読みたかった内容に即しているはずだが、「憑依」というのが気になり、こちらを読むことにした。

この本では、高村英さんという当時20代の女性が、2012年の1年間に、子どもから大人、そして犬(!)まで30人に憑依された体験が語られている。
高村さんは、小さなころから霊が見える人だったが、コントロールが可能な範囲で問題なく過ごしていた。しかし、2012年5月頃からは、何人もの「他者の声」がいつも頭の中で響くほどで、関わる霊の数も増え、自我を保つのも厳しい状態になり、偶然知った栗原市にある通大寺に金田住職に助けを求める。
次から次へと「わんこそば」のように押し寄せる霊たちは、彼女に憑依してはそれぞれの体験や悩み(多くは自分が死んだことに気がついていない)を語る。その話を聞いた金田住職が説得し、彼らを死者の世界に送る一連の流れを10人程度の事例が記されており、ほとんどの内容が、高村さんの視点、金田住職の視点の双方から語られる。


驚いたのは、この本が、タイトル通り「記録」に徹していて、分析や追加取材が最小限であったことだ。
例えば、そこで語られた内容が、実際にあった出来事や人とリンクしていることが追加取材で分かれば、とても信憑性があるし、いわゆる「怖い話」になる。しかし、そういったことは無い。また、死とは何かについて「深く考えさせられる」ような本になっているとも言えない。

著者の奥野さんも飄々としている。高村英さんの話を疑えば調べるだろうし、信じ込んでしまえばやはり調べるだろうが、調べないと決めている。
どうもその部分は、住職と高村英さん、そして奥野さんは考えが近いようである。
住職は、「除霊」は、霊を鎮めるためではなく、憑依された人(高村さん)を救うために行っていると考えている。
高村さんが自らの体験を取材してほしい(広めてほしい)と考えたのは、自分のように生きづらい(自分は霊的なものではなく、多重人格障害なのではないか等で悩んでいる)人たちに、体験を伝えることが救いにならないかと考えている。
奥野さんは、心霊の存在を信じているわけではないが、2人から同じ出来事について語られる(しかも住職は知人)ということは、少なくとも2人が見て考えた「何か」はあるに違いない。しかし、それを深く追求することは、関係者は誰も望んでいないため、そのままの形で伝えようと考えている。
結果として、「恐怖」にも「感動」にも偏らない、まさに淡々とした体験談が語られる本になっている。


憑依される高村さんの感覚は、とても興味深い。「わんこそば」や「トコロテン」という比喩もあったが、この時期は人の出入りが激しかったようだ。別の箇所では、自分の心を自動車に喩えており、通常時は、ドアを閉め鍵をかけることができていたのに、この時期はドアが全開で鍵もかけられなかったという。この流れからすると、憑依される=体の支配を受け渡すのは、運転席を代わるイメージのようだ。
そして、本の中で何度も繰り返されているが、高村さんは死者に体を奪われる体験はレイプと同じだと言い、あの人(霊)たちは加害者だとさえいう。

理解できないでしょうね。約1年の間に、わたしが嫌がるのもかまわず、30人以上の人(霊)が強引にわたしの体の中に入っては暴れたり怒鳴ったり、この体をよこせ、生き返らせろ、俺は死んでないとか…。わたしの意思を無視して好き勝手をしていました。わたしにすれば、あれはわたしの人権や尊厳を根こそぎ奪う行為でした。p76

また、憑依するときは、死の体験(ほとんどが溺死)から始まって、そこから死者が語りだすような流れになるので、体力的にも非常に辛いようで、だからこそ「あれはわたしの人権や尊厳を根こそぎ奪う行為でした」という発言に繋がるのだろう。
だから、さまざまなタイプの死に方を追体験する中で、高村さんが最も共感したのは、津波の中で浮かぶ建物につかまり奇跡的に助かったにも拘わらず、別の男に足をつかまれて海の底に沈んでしまった大学生。「何で俺なんだ!」と、自分を海に引きずり下ろした男を憎む気持ちが、自分の気持ちそのものだという。


母親を待っていて津波に飲まれた小学生や、目の前で娘二人が流されるのを見て自殺してしまった男性など、「死んでしまった人」の体験談を聞くというのは普通は出来ないので、その点でも非常に興味深い内容になっており、溺れる者の視点での津波は本当に恐ろしかった。
また、住職の、死者の言葉を「傾聴」し、手助けして「物語」にしていくことで死を納得させる、死者との対話(死者との対話なのかどうかは分かりませんと言っているが)の技術も面白い。特殊なカウンセリングだと思っても読める内容になっている。
ただ、(読み返すと前半は、ある程度、追加取材の内容が入っているが)特に後半の、あまりまとめようとせずに、あくまで「告白」を重視する構成には少し面食らった。しかし、少し変わった本だったという感想をもとに『心にナイフをしのばせて』を振り返ると、やはりあの本も普通のノンフィクションと異なり「事実」よりも「語り」や「受け止め」が重視される内容だったように思う。その意味では、奥野さんの特性なのかもしれない。


ということで、今回、ある種、とても変わった本を読んでしまったので、改めて、もう少しストレートなタイプの震災関連の怪談本を探してみたい。

「可哀想」に流されたくない~山本おさむ『遥かなる甲子園』


前回読んだのは大学生くらいのときだと思う。
調布の図書館は漫画が充実していることもあり、借りて途中巻までは読んでいたが、何かのタイミングで最後まで読み終えることが出来なかった。
そういう意味では二十数年ぶりのリベンジだが、今回読み直そうと思ったのは、『僕らには僕らの言葉がある』を読んだから。この漫画(僕らには~)は、ろう学校には軟式野球部しかないことから、甲子園を目指す主人公(ろう者)が進学先の高校として普通学校を選択するところからスタートする。


この前提部分から思い出した『遥かなる甲子園』は、ろう学校を舞台にした野球漫画、ということだけ覚えていたので、軟式野球の話だったのかな?と思い込んでしまった。(タイトルに甲子園とついているのに…*1

読み直すとそれは全くの勘違いで、『遥かなる甲子園』はタイトル通り、ろう学校に所属しながら甲子園を目指す高校球児の話だった。
しかし、それだけではない。

『遥かなる甲子園』の背景となっている問題

『遥かなる甲子園』は、確かに、高野連へのろう学校の登録受け入れを目指して関係者(新聞記者、学校関係者、そして野球部員)が悪戦苦闘する話だが、舞台となった福里ろう学校(原作、つまり実際の学校名は沖縄県立北城ろう学校)自体、以下に示す通り、非常に特別な学校だった。

  • 福里ろう学校(北城ろう学校)は、1978年から83年まで6年間限定で存在する「期限付き」の学校だった。
  • 理由は、彼らが、アメリカで1964年の大流行の影響で沖縄で感染者を多数出した風疹の影響で生まれた風疹障害児だったから。
  • しかも、沖縄の日本返還は1972年で、今よりもさらに米軍の影響が大きかった。

そういう事情があるので、彼らの母親は「自分が風疹にかからなければ…」という自責の念を感じており、一方で「米軍基地のせいで…」と米軍を恨む気持ちも持っており、共通して、子どもの耳が聞こえないことを「障害」と感じている。


この本の冒頭は、主人公であるろう学校野球部のキャプテンの武明が、沖縄代表となった知人の試合を見に甲子園に行き「音が聞こえる」ことに感動した話から始まる。ここには、音が聞こえることが素晴らしく、音が聞こえないのは不幸なこと、という強い価値判断が入っているといえる。このあたりは、(例えば『コーダあいのうた』への批判に見られるような)「音のない世界が当たり前」なのに聴者の価値観を押し付けないでほしい、という、ろうコミュニティの主張と相反する部分だ。

しかし考えてみると、これは作者の価値判断というよりは、それぞれの高校生の母親の気持ち(耳の聞こえない子に産んでしまって申し訳ない…2巻など)が反映されているのだろうと思う。我が身に置き換えて考えたとき、彼ら野球部員の親たちの気持ちはとてもよくわかる。


なお、米軍基地の問題は、後述する乱闘騒ぎの話もあり、作中でも緊張感が途切れないが、米軍幹部の息子(つまりアメリカ人の少年)も風疹障害で耳が聞こえない事実が明らかになったことで、登場人物たちの気持ちは落ち着いたように見える。(深読みすれば、必要以上に米軍に悪意が行き過ぎないような配慮があるようにも読める。)しかし、実際には、親子ともども、米軍基地に対する思いには非常に複雑なものがあるだろうと思えて仕方がない。
このあたりは原作でどのように扱われているのかは知りたい。

美穂と光一

2巻のコラムや9巻の漫画にも書いてあるが、漫画の原作(戸部良也『遥かなる甲子園』)は小説ではなくノンフィクションで、聴者である監督、校長、両親の視点が中心になっている。これを漫画化するにあたって、耳の聞こえない野球部員に視点を移し、ろう者と聴者にまつわる様々なエピソードを他書籍から入れ込み脚色を加えたようなつくりとなっている。だからだと思うが、ろう学校の生徒達にも色々なタイプの人が登場する。

中でも特に印象に残るのが、ヒロイン的存在だが学校になじもうとしない知花美穂。手話を使おうとしない彼女の考え方(3巻)は、手話はろう者同志でしか通じない(聴者には通じない)ことを前提とし、手話に頼ってしまうことでむしろ、「手話が私たちをろう者だけの世界に閉じ込める」、だから「口話を使うべき」というものだ。
この考え方は、少し前の話(2巻)で校長が否定した「正常化論」にあたり、手話を禁じ、口話訓練中心の当時のろう学校教育に沿った内容と重なる。しかし、エピローグ(10巻)では、高校生のときの彼女自身の心配とは反対に、大学生になった彼女が立ち上げた手話サークルによって、ろう者と聴者が繋がっている状況が描かれる。
彼女の考え方の変化は、そのまま、ろう教育をめぐる状況の変化を表しているのかもしれないと感じた。


ろう学校の仲間で、もう一人印象に残るのは、野球部員である光一だ。
風疹による障害は聴覚だけでなく、心臓に出る人もいて、光一はそれが原因で選手としての道は諦め、サポートに回ることになる。障害が聴覚に限らないということは、言われてみれば確かにその通りで、作中でマネジャーをする女子生徒にも心臓の病気を抱えている子がいる。
前半最大の山場である熊本ろう学校との死闘(4巻、5巻)で、選手として最後に打席に立つシーンは本当に感動した。

その感動はどこから来るか

ここで改めて確認すると、『遥かなる甲子園』に書かれている内容、作品のメッセージは、今でも通じる内容ばかりだと思う。
しかし、この漫画を今読んでいると、その感動の背後に、居心地の悪さを感じてしまう部分がある。


例えば、聴者の登場人物の中では、圧倒的に出番の多く、野球部の指導をする伊波先生。彼の言葉にはいつも心を打たれるが次の場面で、その「居心地の悪さ」を感じた。


高野連から指定された「試験試合」の前日に、敵チームの南星高校は、俺たちのせいで福里の加盟がダメになったら…と考えて2軍を出そうと相談する。
それを偶然聞いた伊波先生は次のように説明し「エースを出してください」と頼む(7巻)。

障害者は健常者より劣っている
私達健常者は心のどこかでそう思っています。
(略)障害者は我々健常者とは違った特別の人…
障害を持った劣った人と思っています
口には出さなくても私達や私達の社会には
そういう考えがしみついています
我々が高野連に加盟できない本当の理由もそこにあると思います


野球憲章第16条も
だれかが悪意で作ったものではありません
それ以前に障害者は劣っているという考えが根本にあるのだと思います
その考えを前提にした同情や善意を障害者は決して喜ばないと思います
我々の野球部はその前提と戦おうとしています
それと戦うしかないと思っています

この部分は、日本聴力障害新聞の小田記者が

君たちは決して健聴者に許されて野球をやるんじゃない
権利なんだ
それは君たちの権利なんだ
野球はきっと君たちを
自由にしてくれる

と福里ろう学校の野球部員にエールを送る場面(9巻)とも呼応している。
「権利」について本を読み、考えることが増えた今だからこそ、ここで書かれている内容とその重要性は非常によくわかる。
その一方で、これを読んだ大学生時代は、その部分に気づかず、ただひたすら「感動」していた。
その感動は、まさに伊波先生が否定してみせた「障害者は可哀想という考え方を前提にした同情」から来ていたように思う。


というのも、『遥かなる甲子園』の物語としての強度が強いのは、伊波先生や小田記者のメッセージよりもむしろ、武明の母親たちが(風疹障害の子を生んだ自分を責めて)辛そうにしている描写の部分だと考えるからだ。
そちらばかりが印象に残り、やっぱり「障害は可哀想」「権利を認めてあげないと」という上から目線での感想・感動が上回ってしまっていたように思う。


そのほか、米軍基地から、ボール泥棒と罵られたことから乱闘騒ぎになり、高野連への加盟申請取り下げの話が出る場面(6巻)。何をやっても甲子園への道が遠くなる状況に、野球部員の正が「オレたちはやっぱり生まれてこない方がよかったんだ!!」と嘆くシーンも「可哀想」を刺激するつくりとなっている。ほかにもっと考えるべき、感じるべきことがあったはずだが、今回読み返しても、やはり同じように「可哀想」に圧倒され、流されるように感動していた。


一方、同じ(ろう者の子を持つ)母親の気持ちとして『僕らには僕らの言葉がある』では、主人公・真白が生まれつき耳が聞こえないことを母親が知って「ほっとした」という場面がある。この場面は、耳が聞こえないと「大変に違いない」「可哀想に違いない」と決めつける姿勢は誤りであることを教えてくれ、「可哀想」に流されることはなく、読み手としてはとても気持ちが楽になる。


しかし、題材の異なる『遥かなる甲子園』では同じ方法は採れない。
むしろ、子どもを可哀想と思う両親の複雑な思いも描いた上で、6年しかないろう学校がなぜ必要だったかを読者に考えさせる必要がある。


そう考えていくと、『遥かなる甲子園』に感じる居心地の悪さは、作品に由来する部分もあるが、それよりは読み手の問題であり、特にそれが、沖縄の基地問題や風疹による障害など、知識の乏しい話題であったことが、自分を不安にさせた部分に原因があると思う。
これを少しでも減らすためには、それらの問題について、確かな事実や知識を積み重ねていくことが重要だと感じた。


なお、期限付きの学校だった北城ろう学校は、高野連加盟を認められた。しかし、どうも後続の学校はないようで、そこが『僕らには僕らの言葉がある』の前提となっている「ろう学校は軟式野球」に繋がっているようだ。かなり時代は下るが2010年2月24日に野球憲章が全面改正され、ろう学校が甲子園を目指せない根拠となった規則自体がなくなっているにもかかわらず、状況は変わらないようで、その辺りの状況についても知りたい。
もちろん原作のノンフィクションをまず読むのが第一だろうが、障害とスポーツについては、『ケイコ 耳を澄ませて』が、まさにその題材だったので、そちらも確認したい。


「感動する漫画」ではなく「面白い漫画」として

最後に漫画としての面白さに触れておきたい。
結局、1年生で高野連に加盟した福里ろう学校(原作では北城ろう学校)は3年生まで公式試合では一勝もできず最後の夏を迎える。まさに最後の戦いとなる公式戦一勝をかけた夏の大会も良かったが、『遥かなる甲子園』は、スピード感のあるコマの使い方も得意で非常に読みやすく、野球漫画としても巧い。
社会派の題材を扱っているのに、文字は多くなく、読み始めると止まらないくらい面白い漫画だ。
なお、ここぞという場面で使われる、人物の描線が二重になる描き方は、大友克洋童夢AKIRAで使っていた描き方と似ている感じがする。ともに1954年生まれということで交流があったのかもしれない。
実は、山本おさむ作品は本作しか読んだことが無かったので、これを機会に他の漫画も読んでみたい。

*1:なお、調べてみると、やはり軟式の高校野球決勝は甲子園では行われない。明石トーカロ球場が聖地ということになるそうです。

心に貯まる風景・言葉~映画『エンドロールのつづき』×井戸川射子『ここはとても速い川』

『エンドロールのつづき』

インドのチャイ売りの少年が映画監督の夢へ向かって走り出す姿を、同国出身のパン・ナリン監督自身の実話をもとに描いたヒューマンドラマ。

平日に映画を観に行く場合は、作品以上に上映開始・終了時間が重要で、3つくらいの候補の中で最も行きやすいものを選んでこれを観に行くことになった。メモしておかないと忘れてしまうので、今回、迷った相手は『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』と『ヒトラーのための虐殺会議』。

全く異なる映画とはいえ、インドという括りでは同じ『RRR』の印象と、その高い前評判から、(アクションはないだろうから)ストーリーが緻密で面白い話だと思い込んで観に行った。
映画を夢見る少年が、様々なトラブルに巻き込まれながらも、映画作りの夢に近づき大団円、というイメージの物語。
確かに間違ってはいないが、想像していたよりもずっとゆっくりした映画だった。しかもストーリーはメインじゃない。
映画館が取り壊されてからのシーン(映写機やフィルムがスクラップされて別の製品に生まれ変わる過程)は、サマイが見ているものというよりは、監督が観客に見せている映像だし、町を出ていくことが急に決まる唐突なラストも、関係者全員が揃って見送る概念的な映像だ。後半になればなるほど、実際に起きたことというよりは監督自身の思いが先走る感じだ。ストーリーとしては緻密ではない。


では良かった部分はどこかと言えば、『エンドロールのつづき』は、自分にとっては、主演のサマイが1億点ということと、場面場面の風景の映画だ。

まず、サマイは全部いい。ポスターにある表情もいいけど、怒ったりふてくされた顔をしているのも、全部絵になる。
キャラクターとしても、最初は「クラスで一人だけ浮いてしまって友達は映画だけ」というタイプの子どもなのかと思っていたら、いつものメンバーとの友情は最後まで変わらず、しかも彼がリーダーシップを取るところも良い。彼の提案で映写機を自作し、フィルムを盗み出し、自分から名乗り出て少年院に入り、音をつけての上映会もやってしまう。
映画館に入り浸って、映写技師ファザルの手伝いをこなしているのも頼もしかった。俳優名としてはバヴィン・ラバリ君。とても初挑戦とは思えないし、撮影前まで映画館で映画を観たことが無かったというのもすごい。


この映画がゆっくりしていると感じるのは、行動範囲が広がらず、同じ場所が何度も繰り返し登場するからだと思う。

  • 父が考え事をする街はずれの高台と、そこから見える景色と馬?
  • 駅で、停車した列車の客向けにチャイを売るサマイと父
  • 電車に乗って、降車駅から自転車で向かう学校までの通学路
  • その線路沿いに広がる畑や川などの自然風景(とライオン!)
  • 線路を少し下った場所にある廃墟(おばけハウス)

この中でもやっぱり圧倒的に自分の胸の中で生き続けるのは、メインの舞台となるチャララ村の「駅」だ。サマイ達がフィルムを盗み出したのもここだし、「ホーム」がなく、手旗で止める列車は日本には無いだろうし、そこから見える圧倒的に「自然」な風景。
いわゆる無人駅ではなく、チャイやポテトチップを売る子などで賑わいがある。でも、次の列車が来るまではまたしばらく暇になる束の間の賑わいで、時間の感覚も独特だ。

というように、自分にとっては、その風景・雰囲気の多くがサマイの表情と合わせて心に残った映画だった。39セカンズのタイもそうだが、行ったことがなくても映画を観たことで自分の中に貯まっていく風景がたくさんある。サマイと一緒に過ごしたグジャラート州のチャララ村の風景は、かけがえのないものとなった。


もう一つ挙げるなら、サマイの母親の料理。
映写室のファザルがその味を絶賛するが、料理シーンは、その手順を説明するように細かく映し出されている。最初にスパイスを油でいためて弾けさせる、いわゆるテンパリングの場面を見ていて、すでに美味しそうだが、オクラの詰め物が(そういう食べ方をしたことが無かったので)印象に残った。
パンフレットにも3ページに渡って5つの料理のレシピが載っているので、チャレンジしてみたい。
なお、パンフレットの監督インタビューでは、観客に向けたメッセージとして以下のように書かれている。自分の持ち帰ったものは、監督の意図通りのものだったように思う。

光を持ち帰ってほしいです。世界はこれまでにない恐ろしい時代を体験しています。私は語り手として、希望とワクワクするような新鮮な気持ちを皆さんと分かち合いたいのです。映画の誕生、成長、死、そしてその再生を祝う物語なのです。また自然を讃え、雨、雷、湖、あるいはライオンたちと調和して生きることができる、ということを伝えています。私は観客が感動し、勇気づけられ、最後には色鮮やかな物語の世界に浸ってくれるような、本質的な体験をしてくれることを望んでいます。

井戸川射子『ここはとても速い川』

児童養護施設に住む、小学五年生の集。
一緒に暮らす年下の親友ひじりと、近所を流れる淀川へ亀を見に行くのが楽しみだ。
繊細な言葉で子どもたちの目に映る景色をそのままに描く表題作と、
詩人である著者の小説第一作「膨張」を収録。

選考委員の絶賛を呼び、史上初の満場一致で選ばれた、第43回野間文芸新人賞受賞作。

映画を観る当日朝の通勤電車内で『ここはとても速い川』を読み終えて呆気にとられた。
え!ここで終わるのか!
井戸川射子さんは、今回『この世の喜びよ』で芥川賞を取ったが、前作『ここはとても速い川』は、野間新人文芸賞受賞作で、保坂和志さんの激賞で気になっていた。本の惹き文句でもこれを持ってきている。

読んでいる間、ずっと幸福でした。――川上弘美

保坂委員が説明の途中で嗚咽した場面は
野間新人賞の選考の歴史に刻まれよう。――長嶋 有

選考委員〈小川洋子川上弘美高橋源一郎、長嶋 有、保坂和志
満場一致の、第43回野間文芸新人賞受賞作

作品の説明をしている選考委員が嗚咽してしまう…そのエピソードから、ストーリー的に「泣かせる」場面があるのかと思っていたが、色々な材料が「発火」しないままに物語が幕を閉じてしまう。
この小説は、(『こちらあみ子』のような)児童養護施設から小学校に通う主人公の「集」の一人称(関西弁)文体なので、まどろっこしいというのはあるが、それだけに、場面場面への思いが整理されないままフワフワと浮かんでは消えるような小説になっている。


物語は、集と同じ児童養護施設の一歳下のひじりの2人がメインの登場人物だが、集は小学校でも、仲良しの同級生がいる。主人公の年齢と友人たちとの関係性は、『エンドロールのつづき』のサマイと似ている。(集は5年生くらい、サマイは3年生くらいで少し集の方が上だと思うが)
さらに言えば、『ここはとても速い川』も『エンドロールのつづき』も主人公の一人称で作品が展開するのは共通している。
しかし、ゆっくり流れるサマイの時間と異なり、集の周りの時間の流れは速く、人の出入りも激しい。まさに「ここはとても速い川」なのかと思うが、施設に来る実習生は1か月起きに変わり、良くも悪くも近い関係にあった施設の先生は産休に入る。ひじりは病状の良くなった父親が引き取り、施設を出ることになった。
施設を出たひじりも、残った集も、何かあれば一気に精神的にきついところまで行ってしまうかもしれない危うさを抱えている。彼らが植え替えたアガパンサスは、その後も無事に育つのだろうか。


集は両親、入院している祖母に見舞いに行くときにも母がどんな人だったかを聞くように、特にいなくなった母親を常に気にしている。
児童養護施設では、テレビを見るのも「でも見てると急に親子コンサートとか挟んでくるから気が抜けへん」。映画を観ても「俺は映画が好き」としながらも「新しい人物が出てくるたびに、いい人悪い人を見分ける練習するようにしている」と、集は常にどこか人に対して警戒感がある。
サマイがファザルから名前の由来を聞かれて「サマイは時間の意味。自分が生まれたとき両親が金も仕事もないけど時間だけがあったから」と答えるが、集は名前の由来を知らない。

うちは大きい園やからそら小学校、教室内でも一緒のとこから登校してる子がたくさんいてるし、それぞれが事情あって家族と暮らせてないんや、ってことはクラスの子らも親から聞いて知ってるやろう。自分の名前の由来を聞いてきなさいとかそういう宿題も出たことない。そんなん推理でええもんな、俺かてきっと周りに人が集まってくるようにで、集って名前なんやろうな。

そんな風に優しいながらも、どこか不安を抱えた集が、施設の園長先生に思いのたけをぶちまけるシーンがある。物語が終わる最後に近い場面だ。
一読目は、言っていることが支離滅裂だったこともあり、ピンと来なかったが、読み返すと、集が訴えた内容は、これまで先生に言われたことや身の回りで起きたこと、そして自分の家族に対して抱えていたモヤモヤが詰め込まれた内容であることがわかる。


再読時にこのシーンの重要性に気がついて、「頭の中で整理されなくても、子ども達の中に、(咀嚼されない形でも)大人たちの「言葉」が貯まっていくんだ」、そして、「(集だけでなく)色々な言葉が貯まって自分が出来ているんだ」と驚く。
同じことはサマイにも言えて、色々な場面で見た「光」が、彼の映画作りに収斂していく。それは、ガラス瓶ごしに見た世界など、実体験だけでなく、映写室で見た数々の映画も、全部サマイの中に貯まっている。

そう考えると、もっと色々なものを見て勉強し、子ども達に、そして周囲に、より良い世界を志向するような言葉を伝えていかなくてはいけないんだろうなと思った。家族でも、もっと旅行にも行って色々な景色を見たいし見せたい。

新年の抱負代わりに2冊を読む~三浦知良『カズのまま死にたい』×益田ミリ『永遠のおでかけ』

2つの本の共通点は何か。
両方の本のタイトルからイメージされる「死」という答えはハズレ。
正解は、どちらも著者の48歳の時の話が書いてあるエッセイ。


自分は今48歳(今年49歳になる)。
とてもそんな風には思えないけれど、もう50歳がすぐそこだ。
このくらい年を重ねると、年の取り方は多様過ぎて、他の人とは比較ができないなと思う。
30歳くらいのときは「標準的な30歳」があると何となく思っていたし、そう思う人が今も大勢いるから、あれだけ30歳付近の年齢をタイトルに含んだ本が書店にたくさん並んでいるのだろう。


しかし、50歳付近だと、働き方や考え方だけでなく、見た目も人それぞれ過ぎて比較することにあまり意味がないことがわかってくる。
ちょうど先日聴いたpodcast「コテンラジオ」のテーマ「老い」で、「老いを年齢で区切るのは無意味。(よく言われるようになった)「セクシュアリティがグラデーション」という以上に、年の取り方はグラデーションだから、本当は、福祉サービスですら年齢で区切るのは不合理を生む」という話があって納得したところだった。*1


それでも、年齢のことを出したのには理由がある。
そもそも今回、カズの本を読もうと思ったのは、カズが55歳という年齢でポルトガル2部オリベイレンセへの今夏までの期限付き移籍に基本合意した、というニュースを聞いたから。

mainichi.jp


現役であることを諦めれば、国内でも色々と必要とされる場面はあるはずなのに。
55歳で、海外へ!
そんなカズを見て、何となく変化を嫌いながら生きていた自分を振り返りたくなったという部分が大きい。


他の人は同年齢のときに何をしてどう考えていたか。

比較することには意味がないけれど、自分を鼓舞するためという功利主義的な視点では意味がある。

  • カズこと三浦知良は1967年生まれの55歳(2月で56歳)。
  • 併せて同じタイミングで読んだ益田ミリは1969年生まれの53歳。

今回よんだ2冊の本はそれぞれ2人が48歳のときに考えていたことが覗き見できる本で、時々振り返らないと忘れてしまう、自分の年齢について改めて考えさせられる2冊だった。

益田ミリ『永遠のおでかけ』

益田ミリを読むのはいつも漫画だったのでエッセイは初めてのような気がする。
漫画と雰囲気が一緒だ。
さっぱりしている。
この本は、がんで亡くなった父親との、余命が短いとわかってからの暮らしと、死後、母親と二人でその思い出を振り返る内容がベースとなっている。
益田ミリさんは、行動というよりは観察の人だ。
周囲をつぶさに観察し、自分の心の中も観察する。


あと2、3日の命との電話があり、東京から大阪に急いで帰る道すがら、父の死の知らせがあり新幹線から見た美しい夕焼け。このとき益田さんは47歳で今の自分より1歳若い。
溢れる涙を拭きながら「昨日、早めに原稿を送っておいてよかった!」などと並行して考えていたりするのも、そうだろうな、と思う。
その後の葬儀の打合せでのバタバタした話も含めて、底に流れる悲しさを感じさせつつ、さっぱりとしている。

本の中では、色々なことと絡めて、父親との思い出が語られる。
東京都庭園美術館で開催されていたボルタンスキー展(2016)の話が印象的だ。

ボルタンスキーのインタビュー映像が流れる部屋もあった。彼がこれから制作したいと思っている作品のひとつに、遠いパタゴニアの地に巨大なトランペットを設置し、風が吹くたびにクジラの歌を奏でる、というものがあるらしい。
「誰も観ることはできないでしょう」
と、彼は冷静に語っていた。
制作しても誰にも観られない作品。
その作品になんの意味があるのか。
存在を知っていることに意味があるのである。
疲れ果てた一日の終わりに、
「今夜も極寒のパタゴニアの地でトランペットがクジラの歌を吹いているんだなぁ」
と、想像してみることも、ボルタンスキーの作品*2なのである。行けなくてもいい、見えなくてもいい。知っていることが美しさなのである。
(略)
物語が人を強くする。
わたしはボルタンスキーの作品によって、あるいは、ミャンマー祭りによって、ささやかな物語を編んでいった。
(略)
大切な人がこの世界から失われてしまったとしても、「いた」ことをわたしは知っている。それが白い蝶に代わるわたしの物語だった。物語のヒントは外側にあり、そして、人の数だけあるのだなと思った。

益田さんが父親との関係の中で、自分の年齢についてや、自分に子どもがいたとして、子どもから見た自分について書かれた文章も印象的だった。
僕の父は健在だが、いつか通る道、もしくは去年通ったかもしれない道として、家族との関わりの中の自分を考える一冊だった。益田さんの場合は余命がわかってから取った行動だが、父親の子ども時代の話を取材してみる、細かく聞いてみるというのは、元気なうちにやってもいいなと思った。

三浦知良『カズのまま死にたい』

カズは益田ミリさんとは対照的に、観察よりも「行動」の人だということがよくわかる本だった。
元々、2014から2019年の日経新聞の隔週連載という特性もあるのだろう。サッカー日本代表(2014ブラジルW杯、2018ロシアW杯含む)の話題だけでなく、野球やラグビーの話など、その時期のニュースについてのコメントも多い。
しかし、「俺は解説者じゃなくて、現役サッカー選手だ」という気概があるのだろう。現在のトレーニングについての話も多い。しかし、それほど試合に出ているわけではない自分を不甲斐ないと感じている部分が多くみられる。
例えば、まさに48歳の2015年のシーズンを振り返った部分。

48歳、プロ30年目の節目のシーズンのはずが、残念な結果に終わってしまった。1年で4分しか出られなかった昨年に比べれば、春先は順調で16試合に出て3得点。でもチームが8連敗した夏に自分も状態を上げられず、2度も筋肉系のケガ。思い描いた出場数も得点数も満たしていない。

そもそも前年の2014年が「1年で4分」の出場という厳しい状況だったにもかかわらず、この年は春先に3点も上げているのだから誇るべき結果のように思う。しかし、後半の不調に満足がいかないことが文章に現れている。
ただ、そこで終わらないし、決意だけでなく、「この30日間ほど、毎朝6時から走っています」と、今の自分の行動をアピールする。このあたりが何というか「自己啓発」心もくすぐるし、心の底から尊敬できる。
このときの文章は、毎朝6時に走る話をひととおり書いたあとで以下のように締める。

不運なケガ。悲運の敗北。勝負の世界は運が働く。でも僕は運に頼らない。止まって待つところへそれは転がってこず、目標に向かっている人の足元へしか運というものは回ってこない。現状維持は停滞。自分を進めることだけを考えていたい。新しい自分になって、2月にまたこのコラムへ帰ってきます。*3

「現状維持は停滞」と書けてしまうところがカズなんだなと思う。
その後、2016年、2017年は1得点ずつ取り、2018年、2019年はノーゴール。
しかし、この連載の最後にあたる2019年シーズンの最終節11月24日に横浜FCはJ1昇格を決める。この最終戦にカズは出場機会を得るが、それについてもこう書く。

自分自身は先発が2試合、途中出場が1試合しかなく、悔しさしかない。出場機会を大きく減らしたこの2年をみて「もう無理かも」と思う人もいるのだろう。でも僕は「試合に出る」と本気で思っている。(略)
終戦、残り3分で出場機会を得た。「2~3分なら、何歳だってできるよ」と冷やかされるかな。「温情をかけられた」とかね。でも、毎日努力してそこを目指さないなら、温情ですらも得られない。毎日寝ているだけでは最終戦の一員になる権利はなく、カズという名前であの出番が降ってきたわけじゃない。積み上げられたからこそ、あの場に立つ資格も得られたのだから。

自分がどう見られているかわかった上で、それを(Twitterなんかではなく)日経新聞紙面で否定できるだけの芯の強さとプライド。強すぎる…

この本の後の話になるが、J1昇格後の横浜FCでは、2020年4試合、2021年1試合(1分)の出場にとどまり、2022年にはJFL鈴鹿ポイントゲッターズに移籍。鈴鹿では出場機会を増やし、負傷で休んでいた期間もあったが11月(つい3か月前!)に55歳でのゴールも決めている。
ここまでの流れとカズの発言の数々を見ると、ポルトガル2部オリベイレンセへの移籍も納得だ。誰も止められない。
なお、本のタイトルは『やめないよ』『とまらない』ときて『カズのまま死にたい』だそうだ。次に出す本のタイトル付けには悩みそうだが、現在の日経新聞連載記事のタイトルは「サッカー人として」だというので、それでいいかもしれない笑


現役へのこだわりが強過ぎて、周囲から「扱いの難しい人」と思われている可能性もあるが、突き抜けていることがカズの長所なんだろうと思う。「プライド」という言葉が全く似合わない自負がある自分としては、全く参考にならない生き方とも言える。
けれど、これほどのこだわりを持って生きている人がいることは、自分も頑張っていかないといけない!と年初から改めて気を引き締めるきっかけになる一冊だった。

コクピットと実年齢調整

ということで、2冊を読んだが、自分が50歳近くという実感は本当にない。
『永遠のおでかけ』の中で、養老孟司南伸坊の対談集『老人の壁』に益田ミリさんが頷くシーンがある。

冒頭で南さんが、「いま67なんで前期高齢者なんですけど、どうも実感ないんです」と言い、「先生は、ご自身を老人だ、と思われますか?」と養老さんに質問する。養老さんは「じきに80ですが、一人でいたら絶対に思いませんね」と答えられていた。それを受けて、「1人じゃわからない。自分はずーっとつながっているから、『おれはおれ』なんですね」と言われた南さんの言葉に、そうそう、とわたしはうなずいたのだった。

そうなんですよ。
僕はよく、高校生くらいの自分がマジンガーZコクピットみたいなものに乗ってオトナの自分を操縦しているイメージを持ってしまうのですが、外側のマジンガーZは、傷ついてどんどん古くなっていくけれど、コクピットに乗っているのは、南伸坊のいう『おれはおれ』のままの自分。
だからこそ、周りの目を意識し、本を読み「他人」の人生を覗き見しながら、実年齢に調整していくことが必要だと思う。こんな風にエッセイや、他の人の人生、生き方について意識するような読書ももっと増やしたい。


あと、J2など、国内のサッカーも気になるようになった。
今年はスラムダンクの影響で、Bリーグを見ようと思っているが、スポーツ観戦はやっぱり楽しいのでは?


参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com

益田ミリさんは、しばらく読んでいなかったけど、すーちゃんや他の漫画もまた読みたいです。

*1:最近話題の、というか明らかにダメな発言の成田祐輔の「高齢者は集団自決すればよい」発言も、発言自体もダメだけど、基準となる年齢をどう決めるかを考えると、倫理的にではなく、ルール的にも無理があることがわかる

*2:この作品は2019年のボルタンスキー展のときには映像インスタレーション《ミステリオス》として展示されている。また日本で展覧会があるときは是非行ってみたい。>ボルタンスキー、「アート」と「アーティスト」のあるべき姿について語る|美術手帖

*3:毎年12月後半と1月は連載はお休みのようです

三浦透子の横顔が印象に残る~玉田真也監督『そばかす』

前向きになれる映画だった。
事前情報としては、主人公がアセクシュアルであるということ以外は、アトロクの年末映画特集(放課後ポッドキャスト)で名前が挙がったことくらいしか知らず、その意味では色んな映画に出ずっぱり*1三浦透子を見るのが一番の目的だった。

三浦透子

『ドライブ・マイ・カー』を見てないこともあり、自分にとって 三浦透子はドラマ『エルピス』に出ていた人。ただ、存在感が大きい人であるということは感じていた。
実際、この映画も、煙草をくわえる彼女のポスターのビジュアルにはずっと惹きつけられるものがあった。企画・原作・脚本のアサダアツシさんが、パンフレットで彼女について次のように書いているのも納得だ。

佇まいで語れる方なので、セリフがなくても佳純の思いが伝わるだろうと思いました。ポスターでも使われていますが、無言でタバコを吸っているだけであれだけいろんな思いが伝わってくるのがすごいです。


ということで、まず三浦透子が演じる佳純(蘇畑佳純)*2の印象について書くと、とにかく横顔の多い映画だと感じた。
お見合いのシーンも向き合った横顔だったが、海辺でたばこを吸うシーンなど、一人で考え事をするシーンが多いことが一番の理由かもしれない。蘇畑さんは、観客に問いかけない。どうせ分からないだろう、と諦めているようにも見える。そう考えると、走る彼女を正面から撮るラストシーンは、横顔とは対照的で、まさに「前向き」なのかもしれない。
これについては、パンフレットで玉田真也監督インタビューを読み「基本的にワンシーン・ワンカットのアプローチ」で撮っている映画だということがわかった。確かに、カットが少ないと、必然的に正面からの映像が少なくなるというのはあるのだろう。

佳純のセクシュアリティの描き方

『ケイコ 目を澄ませて』が、障害について強く感じさせない映画だったのと同様に、この映画も、セクシュアリティについては、「考えさせる」映画というよりは「時々思い出す」タイプの映画。代わりに強く感じたのは「居心地のいい/居心地の悪い」という感覚だ。
ちょっとした会話だが、一番良かったのは、保育園の職場を紹介してくれた同級生の八代が、「オレ、ゲイなんだよね」と突然言い出すシーン。東京に出て教師をしていた彼は、職場で居心地の悪い思いをしていたらしい。「蘇畑には気にせずに話せる」という彼の表情は、見ていてこちらまでホッとするようなものだった。(ただ、一方で彼は「恋愛は生きている以上避けられない」という言い方をしたため、佳純は彼に対しても最初はカミングアウトできなかった)
ラーメン屋でチャーシューをおまけされたり(その後、彼とはお見合いで意気投合するが)、静岡に戻ってきた真帆(前田敦子)に、会ってすぐにキャンプに誘われる場面からもわかるが、佳純には、周囲の人間を安心させる力がある。


職場でも合コンに誘いやすい相手ということになるが、合コンの場面は、彼女の「居心地の悪さ」がよく表れている。そして、それが最大になるのは、ラーメン屋に勤める木暮君との千葉旅行の夜、彼に迫られるシーン。
ここは、彼に同情する。彼としては慎重に(脳内)審議を重ねた上でOKを出したのだろう、ということもよくわかる。ただ、彼には「相手の言うことを受けとめる」ための知識や経験が欠けていたということなのかもしれない。


だから、真帆への信頼が特別なのは、何よりもカミングアウトに対して「へーそうなんだ」と特に細かく説明することなく受け入れてくれたことが大きいのだろう。その後、真帆の行動力に応援され、影響され、佳純は、シンデレラのデジタル紙芝居から同居計画まで積極的に行動できるようになる。このあたりは見ていて楽しかった部分だ。


一方、最も生活をともにしている家族には、理解されない(しつこく結婚について言われる)/レズビアンと誤解される等の描写を見るにつけ、「なかなか信じてもらえない」というアセクシュアルの人を悩ませる「あるある」がよくわかった。
一方で、「こういうタイプの人たちはこういう悩み」と知った気になって類型化する理解にも問題がある。そのあたりに対する監督の繊細な感覚が、この映画が優しく感じられる要因なのかな、とパンフレットを読んで改めて思った。

社会としては、問題とされるものを可視化して、理解して、偏見をなくしていくことは重要ではあるけれど、人と人との付き合いという視点で考えると、理解するというよりも、一緒にいる空気が居心地がいいと思えればいいんじゃないかなと思うんです。例えば、この映画みたいにお父さんがうつ病で苦しんでいるとして、症状について学んで、「こういう言葉は使わないようにしよう」とか「理解をしよう」と意識することは、一般的な対処法としてあるとは思いますが、他の人の頭の中が本当にどうなっているかなんて、家族であってもわからないですから。ご飯を食べたり、遊びに行ったり、別に何にもしなくてもいいけど、気負わずにいれることのほうが、生活に根差していてより建設的というか、気楽でいいんじゃないかなと改めて思いましたね。


なお、映画内では、佳純の口から「アセクシュアル」という言葉は使われない。パンフレットのインタビューや寄稿を読むと、三浦透子は「アセクシュアル」、玉田監督と脚本のアサダアツシさんは「アロマンティック・アセクシュアル」、映画執筆家の児玉美月さんは「AロマンティックやAセクシュアル」、映画ライターの細谷美香さんは「アロマンティック・アセクシュアル」と表記が揺れる。
自分は、パンフレットを読むまで「アセクシュアル」という言葉は知っていたし、映画を観て、「こういう人」だと理解した気がしたが、「アロマンティック」は言葉自体知らなかった。
調べてみると、NHKドラマ『恋せぬふたり』(見たいなあと思っていたのに未見)に絡めてのNHKの記事が出てくる。

www3.nhk.or.jp

端的な説明は以下の通りで、アロマンティックとアセクシュアルは異なる内容。

  • “他者に恋愛感情を抱かない“(アロマンティック)
  • “性的に他者に惹かれない”(アセクシュアル

これは言葉としては理解できる。
しかし、「他者に恋愛感情はあるが、性的に惹かれない」というタイプの人が存在することは、自分にとって感覚的には理解が難しく、かなり衝撃的な区分で驚いた。今回、特に突っ込まないが、これも色々と知りたい。『恋せぬふたり』は見ておくべきだった…。

そのほか

そのほか、メモ的に書き残しておきたい内容は以下。

  • 映画の中では、佳純が何度も『宇宙戦争』のトム・クルーズの話をするので、見ておかないとな、という気になった。
  • 俳優陣では、真帆を演じた前田敦子が良かった。元AV女優という設定だけど、気負うことなく自然体で生き生きとして見えた。あとは最後に出てくる北村匠海は、佳純に安心感を与える重要な役回りだけど、それを体現する信頼感+後輩感が良かった。
  • 映画を見た新宿武蔵野館では、予告編が始まる前に、三浦透子自身が歌う主題歌『風になれ』が繰り返し流れていて、これは自分の好きなタイプの曲!…だけど、これはどこかで聴いたことがある曲…と思っていた。作詞・作曲が羊文学の塩塚モエカと知り、アニメ平家物語の主題歌『光るとき』にそっくりだと気がついた。同じ人が作っているからとはいえ、第一印象的にはかなり似ているのでは…。(しっかりとは未検証だが、歌詞の内容含めて)

なお、『そばかす』は、メーテレが企画している「(not)HEROINE movies」というプロジェクトの第三弾だという。
今後も、少し気にしてみてみたいプロジェクトだし、第一弾作品『わたし達はおとな』、第二弾『よだかの片思い』も見てみたい。
notheroinemovies.com

*1:漢字で書くと「出突っ張り」なので、「でづっぱり」が正しい気もするが、一般的には「でずっぱり」表記のようだ。「地面」を「じめん」と表記するのと同じという理解。

*2:そばたかすみなので「そばかす」だが、作中での呼称は「そばたさん」「かすみちゃん」。脚本ノアサダアツシさんがパンフレットのインタビューで「佳純という名前は、主人公はこんな雰囲気の人だろうとイメージしていた、某アスリートから取っています」と書いているが、石川佳純

子どもからみる親権~榊原富士子・池田清貴『親権と子ども』

いわゆる「共同親権」の問題に関心があり読んでみた一冊。


元々は将棋の橋本崇載八段(ハッシーと言われて親しまれていた)が、2021年の4月に突然、引退を発表し、その後、原因が「子どもの連れ去り」(親権をめぐるトラブル)だとわかってから、この問題に特に興味を持ってはいた。
「子どもの連れ去り」と書くと、善悪が明確な問題のように見えるが、「連れ去られた側」(大抵は夫)が「共同親権」を求める構図は、DVから避難した妻子を父親が再び支配下に入れようとする構図とも重なる。第三者からはどちらが正しいか見分けられない上に、法律上のテクニカルな問題を含んでいる(そして法律関係は苦手意識が強い)ため、たびたび話題に上がってもほぼスルーしていた。


改めて興味を持ったのは、共同親権に対する反対賛成の色分けが、ネット上の左右の論陣と基本的に一致することを不思議に感じたということが大きい。
具体的には、保守の側に立つ人が、共同親権を推進していることが多く、リベラル側*1は、その流れに反対しているという傾向がある。
こういった対立関係の中で、自分はリベラル側に立つこと(保守側の意見に反発を感じること)が多いが、項目別に問題を考えていく必要があるだろうという意味で、少し勉強してみようと、基本となりそうな本を手に取った。
対立する両派の出した本もいくつかあることも分かっていたが、まずは、あまり色がついていないものを選んだ。

目次は以下の通り。

序章 なぜ、いま親権なのか
1 親権とは何か
 (親の権利なのか/ 誰が親権者か?/ 親権の内容/ 親権者に禁じられていること/ 親権の制限と終了)
2 離婚と子ども
 (離婚と親権/ 親権と監護権は、どのように決まるのか/ 養育費/ 面会交流/ 海外における離婚と親権)
3 親権と虐待
 (親権と虐待の境界/ 虐待への対応と親権/ 親権の制限、未成年後見
終章 子どもからみた親権

虐待児童を救うために必要な関係者の連携

まず、共同親権の問題とは無関係の論点から。

この本には法律の説明をするために、具体的なケース(架空のケース)が示されているが、3章の「親権と虐待」では、虐待を受けたケンジ君を救うプロセスが非常に具体的に書かれている。
この過程で、非常に多くの機関や人々が緊密に連携してやっと一人の子どもが救われる方向に向かうことが示される。
逆に言えば、このうちの一者がサボると上手く行かない。その大変さに驚いた。

  • 保護のあと
    • 父母と児童相談所の協議を取り持つ家裁調査官
    • 里親と保育園、ヘルパーと家庭、虐待児童の兄弟とその保育園をつなぐ子育て支援

また、このケースでは、ケンジは里親に預けられることになる。
虐待を受けるなどして、家庭での養育を受けられない子どもの最後のよりどころになるのが、「社会的擁護」(里親や児童養護施設)となるが、ここでも虐待が行われることがある、という話も辛い。
一方で、近年は、国の施策として、より家庭的な養育を実現するために(児童養護施設より)里親への委託が促進されているという。こうなると、里親制度についても興味が湧いてくる。
今回、親権の議論をする中で分かりにくく感じたのは、身近にない職業や立場について、具体的なイメージを持ちにくいということにも原因があると思う。
ちょうど里親制度や特別養子縁組については、漫画家の古泉智浩の本が気になっていたので読んでみたい。

海外との制度の違いから見たあるべき方向

共同親権の問題を考える上で、参考になるのは、海外における離婚と親権について。
ここでは、海外の制度におおむね共通する点について、日本との違いも含めて以下のように整理されている。
これを見ると、日本の現在の制度では、不足しているものが数多くあるようだ。

  • (1)欧米、東アジアで方式は異なるが、離婚成立に裁判所が関わるかたちをとる。夫婦の一方のみからの届出だけで離婚できる*2のは日本のみ。
  • (2)養育費、面会交流、子どもの教育、宗教、治療などの決定について合意書を提出することが離婚を認める要件になっている。
  • (3)一定の別居期間があることにより離婚を認める「破たん主義」が採用されており、日本のように子どものことを話し合う前に、互いの責任を追及して非難し合う必要がない。
  • (4)多くの国で、離婚慰謝料がなく、裁判の過程で父母の関係をより悪化させる要因が少ない。
  • (5)離婚後は共同親権が原則だが、単独親権を選ぶこともできる。単独親権のみしか選べない国は日本だけ。
  • (6)離婚後の子どもの利益を守るための仕組みが複数ある。
  • (7)離婚後の親子の面会交流の継続が子どもにとって望ましいという社会のコンセンサスがある。行政や民間の支援があるので、面会の頻度は日本よりも高い。
  • (8)DVのケースは特別な配慮がなされている。DV被害者への接近を禁止する保護命令制度など。

単独親権か共同親権か、という観点のみで見ると、「離婚後は単独親権」という日本の制度は特殊で、共同親権への移行が自然ということになる。
しかし、この本全体を貫く考え方として「子どもの視点」で見た場合に、以下が言えるのかと思う。(この本は、この種の価値判断まで書かず、淡々としているため、あくまで自分が読んだ印象)

  • そもそも「円満離婚」となりにくい日本の離婚制度自体に問題点がある(1、2、3、4)
  • 日本以外の国では、制度として、子どもの気持ちが尊重される仕組みが組み込まれている(2、5、6、7、8)
  • 日本以外の国では、養育費の未払いやDVのケースへの特別な配慮など、身勝手な親による悪影響が生じないように慎重に設計されている(5、8)

つまり、これらの問題をまとめて解決の方向にもっていく必要があり、離婚後の単独親権か共同親権かだけを議論するのは意味がない。日本の現状(単独親権)が、別居親の面会交流を阻んでおり、それが子どもの希望に反しているのであれば、それもまた大きな問題である、ということだと理解した。

法解釈の変化と民法の改正(1)懲戒権

本を読んで、法律の条文を考える上で様々なケースを考えておく必要があることに目まいがしたが、解説を読む中で、時代による法解釈や法律自体の変化があるということがとてもよく分かった。
まず、親権者の子どもに対する「体罰」について、民法では親権者に「懲戒権」というものを認めているため、2011年までその扱いが微妙だった、という部分を興味深く読んだ。2011年改正前の民法では以下のように書かれている。

改正前
第一項 親権を行う者は、必要な範囲内で自らその子を懲戒し、又は家庭裁判所の許可を得て、これを懲戒場に入れることができる。
第二項 子を懲戒場に入れる期間は、六箇月以下の範囲内で、家庭裁判所が定める。ただし、この期間は、親権を行う者の請求によって、いつでも短縮することができる。

改正後
第820条
親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
第822条
親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。

820条で縛っているので、実質上、いわゆる体罰を正当化できなくなったが、改正後も822条に「懲戒権」の言葉は残った。なお、削除された「懲戒場」は1948年に廃止された「矯正院」という場所を想定していたが、現在、それにあたるものはない。
さらに、昨年の国会で、民法改正案が成立し、820条は削除されることになった。流れを見ると、2011年まで、普通に存在していたのが不思議ではある。

今回の改正で822条は削除され、現行の821条を822条とし、821条に新たに「親権を行う者は、前条の規定による監護及び教育をするにあたっては、子の人格を尊重するとともに、その年齢および発達の程度に配慮しなければならず、かつ、体罰その他の子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」とする子どもの人格の尊重に関する規定を新設する。
親権者による懲戒権の規定を削除 民法改正案が成立へ | 教育新聞

なお、昨年成立した民法改正には、子が生まれた時期から父親を推定する「嫡出推定制度」の見直しや女性の再婚禁止期間の廃止が含まれるが、これも重要な内容だ。

法解釈の変化と民法の改正(2)親権について

また、共同親権の議論に関連して、離婚後の親権者の考え方についての時代変化の説明(p78~)が興味深かった。

  • 戦前の家制度下では、離婚後は原則として父が親権者(ただし、母は監護者にはなりえた)
  • 戦後は家制度はなくなったが、1947年の民法全面改正後も父親が親権者の割合が多かった(5割が父、4割が母)
  • その後、核家族化、専業主婦化が進み、子育ては母の役割という「母親優先原則」が定着し、1966年に父母の割合が逆転した。昭和40年代は「三歳児神話」が信じられていたこともあり、「乳幼児は母が親権者」が定着した。
  • アメリカでは1970年代、日本では1980年代に無原則に母親優先を認めることは「子の利益」に反するという批判が出るようになった。
  • とはいえ、親権者の割合は母親とすることが8割以上と多く、現在も微増中である。理由としては裁判所が基準とする「主たる監護者」を考えると実質的に母親になることが多いためである。

このあたりが、単独親権の仕組みにおける「母親優遇」と映るという部分もあるのだろう。
本の中では、共同親権を主張する議員による「親子断絶防止法案」の動きについても記載があった。なお、この本には、共同親権VS単独親権という話題にほとんどコメントしていないが、ここだけは法案の問題点を挙げ、釘を刺している。

  • 2014年に設立された超党派の親子断絶防止議員連盟から公表された法案が「親子断絶防止法」
  • 法案の目的は「父母の離婚等の後における子と父母の継続的な関係の維持等の促進を図り、もって子の利益に資すること」にあり、国や地方自治体の施策実施義務をうたうもの。
  • 問題点①親子関係の継続として「面会交流」を取り上げているが、もう一つの重要な柱である「養育費」にほとんど言及がない
  • 問題点②面会交流の実施につき同居親にのみ義務を課す
  • 問題点③子どもの権利条約を引用しながら、面会交流の実現の責任を父母(個人)にあるとしているが、子どもの権利条約は、個人に義務を課すものではなく、国に子どもの権利を尊重することを義務づけている
  • 問題点④虐待や暴力のあるケースへの特別の配慮の条項が抽象的なものにとどまる

問題点①については、現状の酷さ(実質的に母子家庭に非常に不利で、養育費を「諦める」ケースが多い)は本を読んで改めて知ったが、行政による徴収や立て替え払い制度という海外事例(p121)を読むと、親権云々の議論よりもまずここを改めるべきではと感じた。
なお、「親子断絶防止法」の問題点についても、前に整理した内容と同じ書き方になるが、「子どもの権利」「子どもの視点」を重視する、この本のスタンスに立ち戻るとわかりやすい。
共同親権を主張する側には「母親の権利に対して、父親(別居親)の権利が認められにくいので、それを改めたい」という気持ちが強く出ており、何かと「子どもの権利条約」が持ち出されるが、「子どもの権利」の皮を被ってはいるが、実質的に「別居親の権利」を主張しているという点が問題視されている(と読んだ)。

何度も書くように、この本にはイデオロギー的な部分がほとんどないが、共同親権に反対する立場の駒崎弘樹さんは、「親子断絶防止議連」が名を変えた「共同養育支援議連」の問題点を以下のように書いている。

共同養育支援議連は、元々は親子断絶防止議連と言って、妻に子連れ別居された主に夫の、「子どもに会いたいけど会えない。なんとかしてほしい」という要望を受け、結成されました。
親子断絶防止議連は、「離婚後も、夫が子どもに会えるように、別れても親権を持てるように制度を変えよう」ということを目指して、親子断絶防止法を作ろうとしました。
しかしその取り組みは頓挫。ネーミングも共同養育支援議連とマイルドにし、柴山会長のもと、再起動しました。
彼らは、基本的には、離婚後に子どもに会えない(と言っている)父親側の救済を目指しています。そして、離婚後も父親(注1)が妻子に関与できるように、「離婚後共同親権」を導入しようとしています。
離婚後共同親権というのは、離婚後も別れた夫が、子どもに関する重要事項決定権を持ち続けられる仕組みです。重要事項とは、どの学校に進学するか、どこに引っ越すか、病気をどんなふうに治療するか等です。
共同養育支援議連の、何がヤバいのか | 親子の課題を解決する社会起業家│駒崎弘樹公式サイト

記事はDV防止法の改正について、DV加害者を助ける方向に進む部分があることを懸念した内容だが、共同親権も同様の問題があるとしている。
駒崎さんの指摘する離婚後共同親権の問題点は、以下の本をベースにしたもののようで、こちらも読んでみたい。

子どもからみた親権

本の終章では「子どもからみた親権」として、一番最後に、この本のスタンスを改めて表明している。ここからも離婚後の共同親権VS単独親権という争いの、その先を見据えた内容を目指した本であることがわかる。最終的にあるべき姿を知っておき、何を最も大切にするかを再確認するという意味で、最初に読む本としては、これを選んでとても良かったと思う。

(略)このような親子の関係とは異なり、「親権」はあくまで、一つの法制度である。そして、それが子どもの人権を保障するためのものであるとすれば、その目的に資する限り、親権のあり方も現在のかたちにこだわる必要はない。親権を、その呼び方も含め、どのようなものとして位置づけるのか、親権を誰が持つこととするか、親権の中身をどのように構成するか、どのように親権を終了させるかなどに関し、いろいろなあり方があり得る。
もっと言えば、そうした親権のあり方を、一つに決める必要もないのかもしれない。子どもの人権の保障のために、多様で選択的な親権のあり方を探ることも考えられる。多様性は、社会の、次なる時代の、力の源でもあるからだ。

*1:保守/リベラルという言葉は「いわゆる」を付けた言い方がいいかもしれない。対立を煽る下品な言い方ではネトウヨサヨク

*2:どういう意味だろう?と思ったら、理屈としては実際にできるという…これは直した方がいいのでは?→勝手に離婚届を出されたとき|家庭裁判所で対応します